内村航平選手が、東京オリンピック代表選考の一試合目で見せた、超大技「ブレットシュナイダー」。

4年の歳月をかけて完成させたこのH難度の大技を武器に、内村は4月15日~18日にかけて行われた第75回全日本体操個人総合選手権に挑み、好成績を収めた。

予選では15.166をマークし、上々のスタート。

「自分が準備してきたものをそのまま出せればいい。それが出来ればオリンピックは付いてくる」と語るように、決勝では予選を上回る15.466で、種目別鉄棒でトップスコアをたたき出し、4度目のオリンピックへ1歩近づいた。

内村がオリンピック出場するためにした決断、そして鉄棒のスペシャリストとしてのこだわりに迫った。

オリンピックは鉄棒1本で

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ロンドン・リオ五輪で個人総合連覇の内村。しかし、度重なるケガや慢性的な肩の痛みもあり、近年苦しい戦いが続いていた。

2019年全日本選手権は40位となり予選落ち。12年ぶりの日本代表落選だった。

そんな中、昨年に“鉄棒1本に専念して種目別でオリンピックを狙う”という決断を下す。

すると、2020年12月の全日本選手権、鉄棒の決勝では完全復活の演技で優勝。

この時の15.700という得点は、過去3大会の世界選手権の金メダリストと比べても異次元のスコアだった。

「やらないと勝てないと思う。世界で」

そんな固い決意をした内村にとって、最大にして最強の武器は「ブレットシュナイダー」(後方かかえ込み2回宙返り2回ひねり懸垂)。内村にとっても完成させるまでは4年の歳月を費やした。

監督も評価する超大技の強み

2回宙返りする間に、2回ひねりを加えるH難度の超大技。世界で数名の選手が成功させているが、内村には唯一無二の強みがある。

男子日本代表の水鳥寿思監督は「他の選手とは全く違う次元のもの。ブレットシュナイダーでここまで足をつけて演技ができるのは内村選手だけだと思う」と、乱れることのない美しい足先を絶賛した。

「全く足の乱れがない。ほとんどの選手は足がつま先だったり、足がクロスしてしまったり、遠心力に引っ張られてしまう。(内村選手は)そこをきっちりつけている。空中姿勢での減点が全くない、そういう演技だと思います」(水鳥監督)

通常、空中で回転を加えると遠心力に耐えられず足先が乱れてしまうが、内村の演技はH難度の超大技でも乱れない。

演技の質は点数にも反映され、昨年の全日本選手権では技の美しさを現すEスコアがトップだった。

もう一つのスゴさを「ひねりが終わってバーを見ながらキャッチに入っているのが見て取れる」と水鳥監督は言う。

バーを確認してからキャッチするまでの身体の動きが、内村にしか出せない異次元のひねりの速さで、再びバーをつかみに行く瞬間の余裕を作り出しているという。

そんな内村が代表入りを目指す個人枠は、6種目でたった1枠という狭き門(今後の大会開催の状況で2枠となる可能性あり)。

4月の全日本選手権(予選・決勝)、5月のNHK杯、6月の全日本種目別選手権(予選・決勝)で代表選考が行われ、各演技の得点によってポイントを獲得し、総ポイントの最上位者が代表に内定する。

6月までの3大会で最大5回までの演技の得点によって、金メダルに近い選手が選ばれることになる。

「バーは水平で持ちたい」内村のこだわり

先日行われた全日本選手権の演技後、S-PARKのメインキャスター・宮司愛海が内村にインタビューを行った。

「決勝のブレットシュナイダーのでき」を宮司キャスターが問うと、内村は「50点。まだ映像を見ていないのでよくわからないですけど、やっている感覚としてはあまりよくなかった」と語る。

そこで映像を確認して自己分析してもらうと「ダメだな」と一言。

「まだまだいい演技ができることも知っているので、普段の半分くらいの出来じゃないですかね」

自身のでき具合を「50点」と評価した理由は、「バーを持った時に、水平でバーを持ちたい」からだと明かす。

「身体が水平じゃないのがあまり好きじゃなくて、回りすぎている感じがある。技をやっている時は速すぎてバーが視認できない。その中で100%わかるのはおかしい話なんですけど、それでもわかっていかないと、どんな状況でもバーを持っていなきゃいけないので、この感じだとちょっと怖い」

バーを「回って見て持つ」のではなく、「回りながら分かって持つ」のが良いと、こだわりを示した。

「感覚として今は富士山の何合目あたり?」という質問には、「7合目くらいまでいって5合目に後退している感じ。4ヵ月前(昨年12月の全日本)、終わってからここまでの練習で、1月2月はずっと登っていた。だから7合目くらいまで行ってて、すごく良いかもと思ったんですけど、他の種目もやっている中で痛みが出てきて、ちょっとズレて後退した。その中でもこんなに演技ができていることは、自信になると思う」と話す。

オリンピックに向けて階段を上るために、伸ばすところについては、「目をつぶっても(バーを)持てるようにすること。今は五感を使って成功させていますが、そこを遮断しても成功したい。それぐらいの安定感が必要かな。プラス余裕ですね。“この演技構成で終わりじゃない”というところもやっていかないといけない」と明かした。

それが意味するところは、「教えられるところだと、離れ技を連続ですること。まだこの先は言えないです」と、さらなる引き出しの準備があるという。

個人枠獲得はハイレベルな戦い

底が知れない内村の探究心。

内村の現在地について水鳥監督は「個人枠の1枠を獲得するというところでは、トップ争いをしていると思います。今のところは内村選手か米倉選手か」と話す。

個人枠を獲得するためには、日本が独自に算出したポイントで世界ランキングに照らし合わせ、その獲得ポイントで最上位になる必要がある。

現在内村選手は80ポイントを獲得しているが、跳馬の米倉選手も80ポイントを獲得しているためハイレベルな戦いになっている。

水鳥監督は「あれだけの高いレベルの演技を、これだけの精度で出来る選手は、世界でも内村選手だけだと思うので、彼が代表になれば、鉄棒での金メダルは相当可能性が高い」と分析している。

内村選手にとって4度目となるオリンピックへ向けて、譲れない戦いが続いていく。