2020年春に高知南高校を卒業した大野健誠(けんせい)さんと中山裕友(ひろと)さん。
彼らは、高校在学中に漫才コンビ「セントラルドグマ」を結成。青春は“漫才一色”だった。

メキメキと漫才の腕を上げ、高校3年生の時には高校生漫才師日本一を決める大会「ハイスクールマンザイ」で優勝し、全国一の栄冠に輝く。卒業後はプロの漫才師を生きていくと決め、上京した2人だか、初めて大きな壁にぶつかった。
夢と葛藤の中、人生の一歩を踏み出した2人の若者を追っていく。
(全2回、#1はこちら)
プロになるため、下した決断

「地元の高校生が漫才で日本一になった」と、地元・高知県はにわかに盛り上がった。若者が一途に夢を追う姿が、坂本龍馬に重なると、その年に活躍した高知ゆかりの人に贈られる「龍馬賞」を受賞。テレビやイベントにも引っ張りだこだった。
目まぐるしく環境が変化する中、プロの漫才師になるため、東京・浅草の漫才協会に所属するという決断を下した。
ホームグラウンドは、ビートたけしさんや萩本欽一さんといった日本を代表する芸人を生んだ演芸場・東洋館。
漫才協会は、お笑い芸人のナイツやU字工事といった人気者をはじめ、さまざまな事務所の芸人が集まり、漫才を盛り上げようと活動する団体で、新人漫才師の育成も行っている。

2人はここで下積みをするため、面接にやってきた。漫才協会副会長の宮田陽さんから説明を受けたのは、音響や舞台袖で当番制の手伝いを行うと舞台に立てること、それを5年やることなどだった。
大野さんは「歴史ある協会で初期のお笑いを学べる。基礎から固められる」と、地道な努力を積み重ねていきたいと話す。
宮田さんは「若手でちゃんと漫才できる人が欲しいので、そうなってくれるんじゃないかな。第二のナイツになってくださいと言いたい」と2人に期待を寄せた。
実は、「ハイスクールマンザイ」で優勝した2人には、吉本興業のお笑い養成所NSCの授業料が免除になる道が用意されていた。しかし、彼らは漫才協会の芸人として5年間の下積みをするという、厳しい環境をあえて選んだのだ。
家族や地元に応援され上京
2020年3月。上京する2人にとって、高知で過ごす時間は残りわずかとなった。

大野さんは自宅で、父・耕一さん、母・寧子さん、弟・晴己くん、祖母・涼美さんと過ごしていた。

耕一さんは「たいしたものだと思う。まだ何べんも失敗できる年」と息子の挑戦の背中を押す。寧子さんは息子の旅立ちに「上京は寂しいですね」と、悲しげな表情だ。
一方、中山さんは、家族や親せきが上京を応援するために、バーベキューパーティを開いてくれた。
父・英明さんにとっては、仕事で見送りに行けないため、上京前にゆっくり話せる最後の機会でもあった。そこで、父親が息子に言い聞かせたのは「ありがとうだけは忘れるな」ということだった。

「それが社会人になる第一歩。心の底から“ありがとう”と言える人になってもらいたい。反抗するがは、なんぼでもしたらいい。反抗するんだったら責任を持て。持てんなら反抗すな」
こうして2020年3月30日、2人はバスに乗り、片道切符で12時間かけ、東京へとやってきた。

上京早々、うまくいかない日々
2人は所属する芸能事務所近くにあるワンルームの寮で2人暮らしを始めた。
家具や家電はもともと寮にあったものを使うことにした。
そんな2人の前には、今までにない、高く、大きな壁が立ちはだかっていた。

新型コロナウイルスの影響で、外出自粛要請が出たため、東京の街から人は消え、仕事を始める予定だった漫才協会の公演はすべて中止に。バイトすら探すことができない状況に陥ってしまった。
「5月に高知で仕事があるんですけど、それもなくなっている」と中山さんは肩を落とす。

このままじゃいけない。そう思い至った2人は、近くのライブハウスを借りて、インターネットで配信する1時間の無観客ライブを行うことにした。
高校生の時からYouTubeチャンネルを立ち上げていたため、すでに3000人近い人数がチャンネル登録をしている。

しかし、ライブまでの準備時間は3時間。漫才のネタ合わせのほかに、ゲーム企画も考えなければならなかった。
いつもは仲の良い2人だが、ライブの企画内容について意見が分かれてしまう。ネタ合わせができないまま、気づけば出発時刻が過ぎていた。
所属事務所の社長から「5分前行動」と厳しく言われていたが、遅れてしまった2人。社長から厳しい指摘を受けた。

慌ただしく始まった生配信のライブ。意見がまとまらないまま、時間ギリギリまで決めていた企画はシュークリームのロシアンルーレット。
体を張った努力はむなしく、視聴人数は12人。上京早々に厳しい現実を突きつけられた。

ライブ終了後に行った反省会では、「今日の失敗も生かしていく」と心に決め、このライブも無駄ではなかったと気持ちを切り替えた。
東洋館を見て、決意新たに
2020年5月。あれから2人は所属事務所の一角から定期的に1時間の生配信をしていた。
視聴人数は25人。1ヵ月経っても伸び悩んでいた。

それでも、この時期に自分たちの生配信を見てくれている人に伝えたい思いがあった。
「コロナ期間中だったけど、こんなことがあった!と思えるくらい、楽しい自粛期間だったらいいかな」(中山さん)

そして、「自粛期間が明けて舞台が開いたら、すぐにネタができるように準備万端。ネタも何本も書いています。苦しいこともあると思いますが、セントラルドグマを見て、ちょっとでも楽しい、面白いと笑える人が増えるように毎日活動しています」と伝えた。
校庭の片隅で始まった高校生の漫才コンビ。
3年かけて栄冠をつかみ、今大きな壁に立ち向かっている。
いつかホームグラウンドになる東洋館を見て、2人は「1年後にはバリバリやっている。真打を目指す」と決意を新たにした。
【前編】四六時中、お笑いのことばかり。2人の高校生が“漫才日本一”に輝くまで
(第29回FNSドキュメンタリー大賞『脱藩芸人~高校生No.1コンビの挑戦~』)