金正男氏暗殺の実行役として利用されたベトナム人のドアン・ティ・フオン元受刑者がFNNの取材に、事件に巻き込まれた一部始終を語った。フオンさんが事件について語ったのは初めてのことだ。未解明の暗殺事件に対する「最初で最後のインタビュー」から、金正男氏暗殺の真相に迫った。

「いたずら動画の撮影と思っていた」と一貫して無罪を主張してきた彼女が、なぜ、どのように金正男氏暗殺の実行役に仕立て上げられていったのか。本人の証言から「北朝鮮工作員」による正男氏暗殺の巧妙な手口が見えてきた。

金正男氏暗殺の実行犯 ドアン・ティ・フオンさん
金正男氏暗殺の実行犯 ドアン・ティ・フオンさん
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金正男氏暗殺事件とは

事件は2017年2月13日、マレーシアのクアラルンプール国際空港で起きた。暗殺されたのは北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の兄・金正男氏。その実行犯として逮捕されたのがインドネシア人のシティ・アイシャ元被告とベトナム人のドアン・ティ・フオン元受刑者だった。空港の防犯カメラには、衆人環視の中で2人が金正男氏に近づき液体をこすりつける様子が捉えられていた。後に液体は猛毒の神経剤「VX」と判明。金正男氏は「VX」を顔に塗りつけられた後、意識を失い、病院に搬送される途中で死亡した。

フオン元受刑者は犯行の直前、空港で、ある男性とともにいた。金正男氏暗殺後に出国し行方をくらませたこの男こそ、彼女をだました北朝鮮工作員だった。

フオンさんの隣を歩く男 北朝鮮工作員「リ・ジヒョン容疑者」
フオンさんの隣を歩く男 北朝鮮工作員「リ・ジヒョン容疑者」

出会いはハノイのバー

フオンさんはいつから事件に関わることになったのだろうか。

本人の証言によるとフオンさんは事件2ヶ月前の2016年12月、友人の女性に呼ばれ、ベトナム・ハノイ市内のバーで1人の男を紹介されたという。「ミスターY」と名乗った男は「私は韓国のメディア関連会社で働いている。いたずら動画に出演する女優を探している」と流暢なベトナム語でフオンさんを誘ったという。このミスターYこそが、北朝鮮の工作員「リ・ジヒョン容疑者」だった。

「ミスターY」に初めて会ったハノイ旧市街のバー
「ミスターY」に初めて会ったハノイ旧市街のバー

フオンさん:
「友人が紹介してくれたので彼(ミスターY)のことはよく知りません。私が(バーに)到着した時に、彼はすでにその店にいました。彼は、ショートムービーやイタズラ動画について話しました。私に女優になって欲しいとも。(その後で)電話番号を聞かれて、写真を撮られました。」

ーー彼はベトナム語を喋りますか?
フオンさん:

「はい。」

ーー上手でしたか?
フォンさん:

「私は彼とはベトナム語でやり取りをしていました。とても流ちょうでした。」

何度も失敗・・・難しい「キスのいたずら」

女優や歌手になることを夢見ていたフオンさんはミスターYの誘いに乗ってしまう。
最初の出会いから数日後、ミスターYに電話で呼び出されたフオンさんは、ハノイ中心部にあるオペラハウス近くの公園で初めて女優として「いたずら動画」の撮影に臨んだ。ビデオカメラを持って撮影しながらフオンさんに指示を出すミスターY。フオンさんはミスターYのことを「マネジャー」と呼び、韓国メディア会社のカメラマンと信じ切っていた。

初めて「いたずら動画」を撮影した公園
初めて「いたずら動画」を撮影した公園

フオンさん:
「いたずら動画を劇場の前で撮影すると連絡がありました。日曜日の午後でした。」
「サプライズでキスをした後に謝って、逃げるといった内容でした。」

しかし、見知らぬ男性に近づいてキスをするという「いたずら」は、普通であれば躊躇してしまい、なかなかできないだろう。フオンさんもミスターYが選んだ男性に近づきキスを試みたものの相手にされず、「ごめんなさい」とだけ言ってすぐに引き返したという。

その後も何度か「サプライズキス」のいたずら動画の撮影を試みたものの、なかなか成功しなかった。

空港で「いたずら」内容変更・・・暗殺と同じ方法に

ところが事件の11日前、ミスターYは突然「いたずら」の内容を変更したという。
2017年2月2日、ハノイ国際空港の到着ロビーに呼び出されたフオンさんは、ミスターYが選んだ男性に後方から近づいて手で顔を覆う「いたずら」を行うよう指示される。

サプライズキスと比べると簡単な「いたずら」への変更。フオンさんは初めて「いたずら」を成功させ、そのままタクシーでハノイ市内に戻った。そしてこの「いたずら」こそ、金正男氏殺害の手口と同じだった。

ハノイ国際空港での「いたずら動画」 ©2015,BenarNews
ハノイ国際空港での「いたずら動画」 ©2015,BenarNews
クアラルンプール国際空港での「暗殺」実行時 ハノイと同じ手法だ
クアラルンプール国際空港での「暗殺」実行時 ハノイと同じ手法だ

フオンさん:
「2月2日午後いたずら動画をここで撮りました。マネジャー(北工作員ミスターY)と来ました。マネジャーが誰かを選んで、私がいたずらをして、謝って、タクシーで自宅に帰りました。自然に撮れたね、とマネジャーが言っていました。」

他にもミスターYは、フオンさんが「いたずら」を成功させるための仕掛けを用意していた。ミスターYは2月13日の事件当日、ターゲットの金正男氏をについて事前に「雇った俳優だ」と説明していた。すべてが仕込みであるとフオンさんに信じ込ませ、フオンさんがためらわずに「いたずら」を行えるよう誘導していた。

キスというハードルの高い「いたずら」から難易度の低い「いたずら」への変更。そしてターゲットが「雇った俳優」という嘘。こうした手口で、北朝鮮工作員はフオンさんが事件当日、躊躇せずに金正男氏に神経剤「VX」を塗りつけられるよう操っていたとみられる。

(第2回に続く)

時折、涙ぐみながら話をするフオンさん
時折、涙ぐみながら話をするフオンさん

FNNプライムオンラインでは、フオンさんの独占インタビューをもとに、金正男暗殺の舞台裏に迫ったリポートを計6回にわたって連載する。

9月22日(日)21時~フジテレビ『追跡ドキュメントバラエティ シンジジツ』(放送時間繰り下げの可能性あり)でも放送。
【金正男暗殺実行役のベトナム人女性に世界初インタビュー!暗殺計画の真相に迫る】

9月23日(月)18時25分頃~ フジテレビ『 LiveNewsit ! 』特報 でも放送。
【金正男暗殺事件の全容 実行犯が初告白~独自入手映像で紐解く 北朝鮮の卑劣な罠~】

【執筆:FNNバンコク支局長 佐々木亮】

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佐々木亮
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物事を一方的に見るのではなく、必ず立ち止まり、多角的な視点で取材をする。
どちらが正しい、といった先入観を一度捨ててから取材に当たる。
海外で起きている分かりにくい事象を、映像で「分かりやすく面白く」伝える。
紛争等の危険地域でも諦めず、状況を分析し、可能な限り前線で取材する。
フジテレビ 報道センター所属 元FNNバンコク支局長。政治部、外信部を経て2011年よりカイロ支局長。 中東地域を中心に、リビア・シリア内戦の前線やガザ紛争、中東の民主化運動「アラブの春」などを取材。 夕方ニュースのプログラムディレクターを経て、東南アジア担当記者に。