トプカプ宮殿はコンスタンチノープル(ビザンツ帝国の都で後のイスタンブール)を征服した時のオスマン帝国皇帝メフメト2世が建造し、15~19世紀にかけて歴代スルタンの住居かつ政治の中枢だった。現在は博物館として世界遺産に指定され、日本人にも人気の観光地となっている。緑豊かな広い敷地内に建つ多くの小型の建物は、歴代スルタンによって増改築が繰り返されたため、各時代の芸術潮流の変遷が反映されている。

歴代スルタンにより増改築が繰り返されたトプカプ宮殿。壁画が見つかったのは写真の左奥
歴代スルタンにより増改築が繰り返されたトプカプ宮殿。壁画が見つかったのは写真の左奥
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推定500年前の壁画

11月、この宮殿内から、オスマン帝国最盛期の16世紀に描かれた希少な壁画が発見された。見つかった場所は、宮殿の奥の方にあるアーチの壁だ。壁画はこのアーチ部分が作られた際、石こうで覆われてしまったという。

発見された壁画。実に色鮮やかだ
発見された壁画。実に色鮮やかだ

壁画を発見した修復作業員のギュウェン・バイェル氏は、目を輝かせながらその時の様子を語った。

ギュウェン・バイェル氏:
「左端の石こうが破損している部分を修復しようとしたら、模様みたいなものが見えたんだ。絵の全容が出てきた時は本当に驚いたよ。この様式は細密画やタイルでは見かけるけれど、このように大きくてシャークル(※後述)の特徴が出ている壁画は今まで見たことが無かったから。トプカプ宮殿内での調査は続いている。他にも隠れているものが見つかるかもしれないから期待しているよ」

発見当時の様子を語るギュウェン・バイェル氏
発見当時の様子を語るギュウェン・バイェル氏

代表的なオスマン美術のひとつ「サズ様式」

シャークルはイランからトルコに渡り活動した装飾画家で、16世紀を代表するオスマン美術の1つ、「サズ様式」の創始者だ。「サズ様式」の特徴は、先の尖った長い葉が大きくうねる波の様にらせん状に伸び、伝説上の動物が一緒に描かれていることや、金と黒が効果的に使われていることだ。今回の壁画にも、竜と鳳凰が生き生きと描かれている。サズ様式作品の多くは海外にも渡り、ニューヨークのメトロポリタン美術館や、パリのルーブル美術館などにも所蔵されている。

私はサズ様式の取材のため、「細密画」の画家であるタネル・アラクシュ氏のアトリエを訪ねた。細密画は書物や挿絵などに用いられた繊細で装飾的な絵画で、イスラム圏のトルコやイランなどで発展した。12月には、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の政府間委員会により、無形文化遺産に登録されたばかりだ。

日本を含めた70カ国以上で放映され、世界的大ヒットを記録したトルコの歴史ドラマ「オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~」の主人公としても知られる、スレイマン大帝の治世下、オスマン帝国は、16世紀に軍事・政治・文化など全ての面で最盛期を迎えた。

オスマン帝国は16世紀、3大陸にまたがる大帝国を築いた(トルコ共政府HPより)
オスマン帝国は16世紀、3大陸にまたがる大帝国を築いた(トルコ共政府HPより)
 

タネル・アラクシュ氏:
「スレイマン大帝の治世下、多くの優れた芸術家が排出された。対ヨーロッパ、中近東、アジア戦争は、芸術家の開拓育成に大きな影響を及ぼした。シャークルがイランから来たように、この時期、多くの外国人芸術家がトプカプ宮殿でスルタンに仕えた。領土拡大により国外にオスマン芸術が広まった一方、海外の新しい風が帝都イスタンブールに持ち込まれた。スレイマン大帝は、イタリアにおけるメディチ家のように、多くの芸術家のパトロンだった」

細密画に囲まれたタネル・アラクシュ氏のアトリエ
細密画に囲まれたタネル・アラクシュ氏のアトリエ

11月にイスタンブールを訪問したポンペオ米国務長官は、観光目的としては唯一「リュステム・パシャ・モスク」を訪れた。スレイマン大帝が娘婿のために作らせたモスクだ。トルコ国内でも、タイルが最も美しいモスクと言われ、そのタイル装飾にはサズ様式が使われている。

リュステム・パシャ・モスクを訪れたポンペオ国務長官(本人ツイッターより)
リュステム・パシャ・モスクを訪れたポンペオ国務長官(本人ツイッターより)

タネル・アラクシュ氏:
「当時の装飾画家の中でも、シャークルはサズ様式を立ち上げて独自の流派を築いた。壁画は大きくて色鮮やかだ。彼の特徴が濃厚に出ている作品が見つかったのは初めてで、美術史上の大発見と言える。トプカプ宮殿の割礼の間のタイルや、リュステム・パシャ・モスクなどにもサズ様式は見られるが、いずれも動物が小ぶりであり、色を単色の青で統一するなど目立たないようにしてある。この壁画ほど彼の特徴が申し分なく発揮されている作品は前例がない。これまで伝統芸術に携わる芸術家たちの多くがサズ様式の影響を受け続けている。私も早く実物を見てみたい」

「割礼の間」の外壁にあるタイル。植物をくわえる伝説上の動物が描かれている
「割礼の間」の外壁にあるタイル。植物をくわえる伝説上の動物が描かれている

壁画を一般公開へ

監督官庁である宮殿局は、修復及び保護作業が終わり次第、この壁画を一般公開すると発表した。この壁画が多くの人々の目に触れる日が来るのがとても楽しみだ。壁画を発見したバイェル氏は、宮殿内には他にも未発見の作品が存在するかもしれないと期待する。これまで何気なく眺めていた白壁の下にも美しい絵が隠されているのかもしれないと思うとわくわくする。

初めてこのニュースを知った時、私は「こんな絵は見たことがない」と思った。取材した専門家らも、見たことはないと言う。幾多のスルタンやハーレムの女性たちが時代に合わせて改装を繰り返したトプカプ宮殿、知られざる歴史を解き明かすような発見が続くことに期待したい。

(関連記事:西洋文化をこよなく愛した「征服王」メフメト2世・・・ふるさとイスタンブールに戻った肖像画

【執筆:FNNイスタンブール支局 土屋とも江】

土屋 とも江
土屋 とも江

イスタンブール支局 プロデューサー