朝の健康チェックから始まり、勉強、昼寝、散歩、犬専用の連絡帳まで…。まるで人間の子どもが通うような本格的な「犬の幼稚園」が注目されている。少子化で子どもが減る一方、ペットとの暮らし方も変わりつつある。
朝、“犬の送迎車”で幼稚園へ
朝9時前、広島市内の住宅に1台の車がやってきた。
「おはようございます。うれしいね」
ペットキャリーの中ではしゃいでいるのは、ビションフリーゼのサンゴくん(2)。飼い主に見送られ、車に乗り込む。
次は、ミニチュアダックスフントのキャンディちゃん(6)のお迎えに。興奮気味の愛犬をマンションの下で見送った飼い主は「ずいぶん助かっています」と話す。
実はこの車、犬の送迎車だ。
向かった先は、広島市中区にある犬専門の幼稚園「シェイクハンズ」。2019年に開園し、小型犬から大型犬まで、2026年10月時点で60匹以上が通っている。ここは、ただ犬を預かるだけの施設ではない。愛犬の一生をより良くするための“教育の場”なのだ。
午前9時30分、登園した犬たちがまず行うのは健康チェック。目や耳に異常はないか、体に変化はないか。さらに口の中まで、トレーナーが1匹ずつ丁寧に確認していく。体調を把握するだけでなく、体を触られることに慣れるためのトレーニングでもある。
トレーナーは「体重測定をしながら、動物病院での診察をイメージした練習。病院が苦手になる犬が多いので、幼稚園でいいイメージを持ってもらえたら」と話す。
幼稚園の利用者は7年で2倍以上に
午前10時、健康チェックを終えると、お待ちかねのプレイタイム。犬たちが室内を自由に動き回り、互いを知るための言わば“あいさつの時間”だ。積極的にほかの犬に近づく犬もいれば、じっと動かず様子をうかがう犬もいる。性格も、心地よいと感じる距離感もさまざま。
「犬はもともと社会性がある動物なので、ほかの犬とのふれあいで、いろんなにおいや性格の犬がいることを知る。自分がどんな行動をしたら、相手がどんな行動を返してくれるのか。それがコミュニケーションになるので」
そう話すのは、園長の倉田駿さんだ。
本来、犬は群れで生きる動物。園では犬たちが共同トイレを使うなど、集団生活の中で社会性を育んでいる。
利用料は、週3日、1日11時間まで預けられるスタンダードコースで月額6万2700円。利用者は年々増え、7年前と比べて2倍以上になった。
バランスボールで体幹や足腰を鍛える
午前11時、遊んだあとはお勉強の時間。
犬専用のバランスボールなどを使い、体幹や足腰などを鍛えていく。年を重ねても飼い主と一緒に散歩を楽しめるよう、将来の健康を見据えたトレーニングである。
トレーナーの声かけに応じて不安定なボールの上でバランスを取る犬たち。中でも“止まる”動作が大切だという。
「ダダダと走るだけでなく、ちゃんと止まって、バランスをとるエクササイズがとても大事なんです」
散歩中のけがを防ぐためのトレーニングも行う。その一つが、道路脇の側溝などに設置されている網状の蓋「グレーチング」への対策だ。犬にとっては落とし穴に見えるため、グレーチングを飛び越えようとして車道側に飛び出したりする危険がある。
「そういうことがないように、歩ける、平気なんだよと教える練習ですね」と倉田園長は話す。
散歩に役立つしつけや歯磨きも学ぶ
午後2時はお昼寝タイム。犬たちが休んでいる間、トレーナーたちは飼い主に渡す連絡帳を書いていた。
表紙に愛犬の写真と名前がプリントされた連絡帳。幼稚園での様子や成長を伝えるだけでなく、家庭での接し方も提案する。飼い主とトレーナーをつなぐ、交換日記のような存在だ。
「飼い主さんが喜んでくれるのもうれしいし、美容室や病院でお利口だとほめてもらったと書いてあると、すごくやりがいがあります」
この連絡帳は愛犬との思い出が詰まった一冊に。飼い主にとって「宝物になるかな」と倉田園長は笑顔を見せる。
午後3時、お昼寝を終えた犬たちは近くの公園へ。人の歩くペースに合わせて並んで歩き、横断歩道の前ではしっかり止まってお座り。毎日の暮らしで役立つ習慣を身につけていく。
一方、園では健康を守るために欠かせない「お手入れ」に慣れる練習も。トレーナーがマンツーマンで、歯周病などを防ぐための歯磨きや、毛並みを整え、皮膚・被毛の健康を保つブラッシングを行う。
開園のきっかけは、愛犬との別れ
こうして1匹1匹と向き合う倉田園長は、ドッグトレーナーとして20年以上活動し、これまで1000匹を超える犬のトレーニングに携わってきた。
犬の幼稚園を始めた背景には、自身の経験がある。
かつて倉田園長が飼っていた犬は、かんだり吠えたり、トイレができなかったり…。そうした経験からしつけに興味を持ち、ドッグトレーナーの仕事を始めて軌道に乗っていた時だった。
「犬も同じように年を重ねていくが、犬の方が老いていくスピードが早くて、亡くなってしまったんですけど…」
14年間ともに過ごし、自分を成長させてくれた愛犬との別れ。今もよみがえるその悲しみに、倉田園長は涙を浮かべながら話した。
「まだ自分にできることや、やるべきことがあるなら頑張ってみようと思って、犬の幼稚園を始めました」
人間よりも早く年を重ねていく犬たち。一緒に過ごせる限られた時間を、もっと楽しく、豊かなものにしてほしい。そんな願いが、幼稚園の運営につながっている。
「走れない」高齢の飼い主もサポート
午後4時、この日、最初に帰るのはジャックラッセルテリアのピケちゃん(2)。飼い主とは10時間ぶりの再会である。
「元気のいい犬種なので、家で物を壊したらいけない。ちゃんとしたしつけができたらいいなと。教育してもらえて、預けて自分は仕事に行ける、安心できる。そういう点でここは間違いない」
午後6時30分には、送迎車に乗ったサンゴくんも帰宅した。
「人間の子どもが幼稚園や保育園に行くのと同じように、社会性を身につけてもらっていると思います。幼稚園で楽しんでくれたら、ほかの用事も気兼ねなくできるかなと思って通い始めました」
中には、年齢や健康上の事情から預ける飼い主もいる。利用歴5年の70代夫婦は「年だから走れない。遊んであげられない」と話す。さらに、夫が糖尿病を患っているため、通院の予定を幼稚園に通う火曜と金曜にできるだけ合わせているという。
「愛犬より絶対先に逝きたくない」
キャンディちゃんを抱きながら、飼い主はそう語った。
全国的に都市部を中心に増えているという「犬の幼稚園」。しつけや社会性を育むだけでなく、飼い主の暮らしを支える役割も担っている。
(テレビ新広島)

