広島市に「鉄人」と呼ばれる男性がいる。金澤利翼さん、90歳。日本最高齢のボディビルダーとして、8月には19回目の日本一に輝いた。さらに9月、男女で出場する「ミックスドペア」に初出場。90歳の新たな挑戦を追った。
50歳から「肉・魚なし」の食生活
ムキムキの上腕筋に、浮き出た血管。金澤利翼さん(90)は、全身の筋肉の大きさやバランス、美しさを競うボディビルの選手として、生涯現役を貫いている。8月に出場した「日本マスターズ選手権」の85歳以上の部で見事優勝。19回目の日本一を手にした。
「勝った。よかった。勝った勝った。で、よ“かった”~。人生で負けたくないって気持ちでずっと続けてきたから、19回目の日本一になれた。サンキューベリーマッチョ!」
90歳になっても、筋肉もユーモアも健在。そんな金澤さんは、いったいどんな生活を送っているのか。自宅を訪ねた。
午前7時。朝食のメニューはいつも決まっている。ブロッコリーと納豆が入ったみそ汁に、雑穀米。若い頃は肉食中心だったが、50歳からは消化や吸収に負担がかかるとして、肉や魚を一切口にしていないという。
「いいものをちょっとというのが、私の考え方なんです。こういう純日本食をベースにして体を作る。そして結果を出して、世のおじいさん・おばあさんに『こういう食事でも適当な運動をすれば、筋肉ができて元気でいられますよ』って証明したい。それは私の生涯の仕事でもある」
1日2時間「筋肉をとらえて効かせる」
トレーニングの拠点は、自ら経営する広島市内のスポーツジム。受付対応や掃除、事務作業などで週6日、1日10時間以上働くかたわら、2時間のトレーニングを欠かさない。
この日、狙いをしぼったのは肩まわり。マシンも使いながら、さまざまなトレーニングを組み合わせていく。
「おじいさんだから、もうきついことはしない。金澤利翼のやり方は、筋肉をとらえて効かせる。きついことはしない。お年寄りには絶対に必要なことだと思う」
筋肉をとらえて効かせる――大切なのは、脳からの指令を筋肉へ送り、鍛えたい筋肉を意識して集中的に刺激し、疲労させて鍛えることだという。
10代の頃は水泳選手として、オリンピック出場を目指していた。
転機は20歳。日本でボディビルが流行の兆しを見せていた時代に、その世界へ飛び込んだ。
「これなら日本一になれそうだと思いました。親に手を合わせて、5年で日本一になるから、5年間は養ってくださいとお願いした」
宣言通り、5年後の1961年に日本選手権で優勝。しかし、34歳で「限界が見えた」と現役を引退した。
50歳で再び日本一を目指した理由
再び現役に戻ったのは、50歳の頃。きっかけは、妻・和子さんが病気がちになったことだった。
「素晴らしい奥さんに恵まれて、ボディビルのわがままも叶えてくれた。私が1番になることを喜んでくれる。何とかして病気を治してあげようと思って、日本一になろうとスタートした」
覚悟を決めた金澤さんは、和子さんが亡くなるまでに4回、日本一に輝いた。その後も勝利を積み重ね、今もトップを走り続ける。
「私が優勝するたびに喜んでくれていた彼女の姿を思い出して、天国の彼女に喜んでもらうために、私はずっと1番を続けていくつもり。つもりよ。“つもりつもって”言うようだが」
ここでも、金澤さんらしい一言が飛び出した。
「歴史を作る」90歳の新たな一歩
90歳になった金澤さんが、新たに挑むのが男女ペアで出場する「ミックスドペア」だ。
大会4日前、ペアを組む宮前亜寿香さん(51)と、本番で披露するポージングを音楽に合わせて確認していた。
途中、両手をひざにつき、疲れた様子を見せることもあった。それでも、金澤さんは納得がいくまで何度も練習を繰り返す。
「いやいや、もういっぺんいこう。足がガタガタだけど、“ガタガタ”言うなよ。90歳で出るのも歴史じゃけ、2人で日本の新しい歴史を作る」
2人の挑戦を盛り上げようと、宮前さんが応援タオルも用意した。赤を基調としたタオルには、2人を描いたイラストと「最強ペア」「生涯現役」の文字。金澤さんはタオルを広げ、笑顔でこう話す。
「どうやって作ったかって聞いたら、AI。それは“えーあい”。若く描いてもらったから、老人だけど演技も若々しくやる。3位以内に入ればいい」
「おじいさんでも頑張れば」
9月23日、大会当日。名古屋で「ジャパンオープン」が開催された。
新幹線での移動中も音楽を聴きながらイメージトレーニングを続けたという金澤さん。本番を前に、頭の中で何度も演技を確認した。
「間違えないように、それだけ。私が間違えると、ペアの宮前さんの動きが狂うから。ホテルでも一人ですごく練習しました」
互いの筋肉の魅力を引き出しながら、動きをそろえる約1分間の演技。年齢差約40歳の2人が、ステージで息を合わせ、堂々とポーズを決める。
しかし、結果は4位。目標としていた3位以内には届かなかった。
その日の夜、大会を終えた金澤さんが広島駅に戻ってきた。
ーーお疲れ様でした。
「ありがとう。あまり疲れていないけどね。お客さんの声援がすごかった。あれだけで感動した」
ーーやってよかったですか?
「もちろん。みんなが『歴史に残る快挙でしたね』って、褒めてくれた。お客さまやテレビを通していろんな人に、おじいさんでも頑張ったらこうなることを証明できたと思う」
90歳で、また一つ新たな挑戦を終えた。
「サンキューベリーマッチョ!」
いつもの決めポーズを残し、金澤さんはタクシーに乗り込んだ。
10月には日本選手権が控えている。
鉄人の挑戦は、まだ道半ばだ。
(テレビ新広島)

