「山下達郎、杏里、大滝詠一…」
好きなアーティストを尋ねると、中国人の参加者から次々と名前が挙がった。
今年9月、中国・北京の日本大使館で開かれたシティーポップの紹介イベント。会場では1970~80年代の日本の曲がレコードで流され、参加者が聴き入っていた。
「仕事や生活で、いまの若者はストレスが大きい。こうした音楽を聴くと、とてもリラックスできるんです」
参加した男性は、その魅力をこう話した。
高市総理大臣の台湾有事をめぐる国会答弁から、11月7日で1年を迎える。
中国側の反発は激しく、日中関係の悪化は、外交だけでなく、観光や文化交流にも及んだ。
それでも、日本の音楽を聴きたいと思う人たちはいる。会場で見えたのは、政治の対立だけでは捉えきれない隣国の姿だった。
政治の対立が交流の現場にも
政府間の関係が厳しい時こそ、民間交流が重要だと言われる。
しかし、この1年、北京で目の当たりにしたのは、その民間交流もままならない現状だった。
日本への渡航自粛が呼びかけられ、日本のアーティストによる中国公演の中止や、日本映画の上映延期が相次いだ。政治の対立が民間の交流機会を大きく狭める事態となった。
「日本の音楽家を招く公演は、いま中国本土では通常通りに開催できません」
こう話すのは、日本大使館でのイベントの企画に携わった中国の音楽レーベル「Diggin Express」の楊帆さん。日本の音楽とレコードが好きな仲間とレーベルを立ち上げ、日本のアーティストを招いた公演を手がけてきた。
楊さんによると、シティーポップは中国ではまだ比較的小さなジャンルだが、若者を中心に熱心なファンが多いという。なぜ、自分たちが生まれる前の日本の音楽に惹かれるのか。楊さんは、こう考えている。
「Diggin Express」楊帆さん:
中国の若者は、日本の昭和時代やシティーポップの黄金期を直接経験していません。それでも、経済が上向く時代の明るさや、美しいものを求める気持ちには共感できる。だから、その時代の音楽や文化にも心を動かされるのだと思います。
当時を懐かしむだけの音楽ではなく、その時代を知らない若者にも魅力が届いている。
しかし、2025年11月以降、日本のアーティストを中国に招く公演は開催できなくなった。日本の音楽を聴きたい人がいなくなったわけではない。それでも、演奏する人と聴く人が、同じ会場に集まれない状況になってしまった。
中国に呼べないなら、日本へ
そんな中、楊さんたちが考えたのが、中国のファンと日本へ行って公演を楽しむ企画だった。
中国で公演を待つのと、航空券やビザを用意して外国へ行くのとでは、負担が違う。参加者が集まるか不安もあったというが、それでも、7月の企画には20人余りが参加した。会場では、中国のファンが日本語で歌を口ずさみ、昔の珍しいレコードを持参した。
その姿に、日本側のアーティストや関係者も心を動かされたという。
10月にも同様の企画が実施され、10人の参加者が東京のレコード店巡りやカラオケ、ライブ鑑賞などを楽しんだ。日本の数十年前の音楽を聴くために、海を渡る人たちがいる。その熱意に驚くとともに、中国の人々と日本文化との接点の多さを改めて感じた。
日本大使館のイベントに参加していた1980年代生まれの男性も、長年、日本の文化に親しんできた一人だった。
イベントに参加した男性:
『ちびまる子ちゃん』や『聖闘士星矢』など、アニメの歌を聴いて育ちました。
自身もギターを弾き、山下達郎については「声も、作曲も、ギターも素晴らしい」と熱く語った。日本語を学んだことはないが、気になる曲は歌詞を調べ、音楽が生まれた時代を知ろうと、日本の歴史や経済の本にも手を伸ばしたという。日本のアーティストの名前がごく自然に飛び出し、その魅力を自分の言葉で語る。私が想像していた以上に、日本の文化は身近な存在として受け止められていた。
関心を、出会いにつなげるために
それだけに、交流の機会が狭まっていることに歯がゆさを感じた。
熱心なファンなら、日本に足を運ぶかもしれないが、誰もが時間や費用をかけられるわけではない。近くで公演があれば足を運んでみようという人にとって、出会いの機会は遠くなる。楊さんは、交流を続ける意味について、こう話していた。
「Diggin Express」楊帆さん:
素晴らしい音楽は、国籍を問わず人の心を動かします。音楽を通じて心を通わせ、互いの文化を知り、体感できる。こうした交流には意味があると思います。
もちろん「音楽が政治的な対立を解決する」という簡単な話ではない。ただ、人の往来が細れば、相手を自分の目で知る機会も減る。互いの国を、政府の発言や対立のニュースを通して見る比重が大きくなることは気がかりだ。
日中関係の今後を左右するのは、まずは両政府の判断だろう。日中関係筋は、「政府間の話し合いが全くできず、没交渉の状況が続いている」と頭を抱える。厳しい状況だが、両政府には、互いの立場を主張するだけでなく、状況を打開するための知恵を絞ってほしい。
北京で出会った日本文化を愛する若者たちの日本への関心は、失われていなかった。好きな音楽を通じて、相手の歴史や社会を知ろうとする人もいる。関係悪化から1年、その関心を実際の出会いにつなげる道まで、細らせてほしくない。
【執筆:FNN北京支局 近藤雅大】

