日本の学校教育は、これまで同質性を高め競い合わせることが子どものためになると信じて行われてきた。しかしいま、デジタル化や生成AIの進化で、学校の学びは大きく変わろうとしている。
文部科学省で大学政策など高等教育行政を統括する合田哲雄高等教育局長に聞いた。
「同質性を高める」ことが教育の前提だった
――日本の多くの学校には、同質性の高い集団を作り出す構造があると感じています。合田さんは共著『「多様性と学びの質は両立できない」ってほんとう?』(※)の中で、「同質性の高い集団の中で競争するから分断が起こる。多様性があってこそ生まれる文化的・知的価値を阻害してしまう」とおっしゃっていますね? (※注:野口晃菜編著 東洋館出版社)
文科省・合田哲雄高等教育局長:
学校は、学制が発布された150年前から近代化にかけて輝いていました。親の職業を継ぐ以外に道はないと言われていた封建社会から近代社会への転換にあって、「記憶力と根気」さえあれば自分で自分の人生を択ぶことができる。だからこそ学校は希望の場所だった。先生たちは、その期待を背負って「同質性を高めて競わせることが、最も子どもたちのためになる」と信じてずっと指導してこられました。一方で、大正時代には「大正自由教育」(※)という大きな探究的な学びのうねりがありましたし、戦後新教育のなかでも「多様性」と「学びの質」をつなげていこうという議論がありました。今立ち返るべきは、100年前のこのうねりの原点ではないかと思っています。 (※注:1910年代後半から1920年代に広がった児童中心主義の教育改革運動)
――「同質性を高める」ことがこれまでの教育の前提だったわけですね?
文科省・合田哲雄高等教育局長:
同じゲームができる人たちで競い合い、「記憶力と根気」の程度を示すことで人生が定まっていくという学びのかたちが、工業化社会をひた走る日本ではうまくいっていました。さらに18歳人口がどんどん増えていましたから、とにかく勉強しないと年を追うごとに入試は厳しくなってしまうという切迫感が、強烈な学びの動機だったわけです。しかし18歳人口が減少するなか、そのような動機が働かなくなっている。そこにさらに生成AIが登場したのです。
デジタル化や生成AIで変わる学びのあり方
――いま生成AIによって、学びのありかたは大きく変化していますね?
文科省・合田哲雄高等教育局長:
デジタル化や生成AIの飛躍的な進化の中で、学びの動機をもう一度捉え直さなければならないと思います。ノーベル経済学賞を受賞したアセモグル教授らの論文(※)は、人が深く思考する前にAIが当意即妙な答えを出すと、人は学ぶ動機を失い、個人だけでなく社会全体の知識基盤が失われて「知識崩壊」が起こると指摘しています。そのとおりですね。知識崩壊を避けるためには、「我々にとって知識や学びとは何なのか」を考え、そして「多様性」と「学びの質」の両立を図るための社会や教育の捉え直しが必要だと思っています。 (※注:ダロン・アセモグル氏ら「AI, Human Cognition and Knowledge Collapse」)
――私は、聞こえる子、聞こえない子、様々な特性のある子どもたちの合唱団、ホワイトハンドコーラスNIPPONに5年前に出会い、この合唱団に「多様性」と「学び」、そして「インクルーシブ教育」が実現されたすがたがあると感じて取材を続け、今年「音楽の見える瞬間 ホワイトハンドコーラスNIPPONのきせき」(アルテスパブリッシング)という本を出版しました。
文科省・合田哲雄高等教育局長:
ご著書で本当に大事だなと思ったのは、障がいの困難さに向き合っていない子どもたちが、ホワイトハンドコーラスの活動に参加する中で変容しているということです。私はこのことが教育的に本質なのだと思います。たとえば、お子さんが、耳が不自由なお友達と会話するには手話が必要だと気づいて、手話をやりたいと希望することは、これほど深い内在的な学びの動機はないと思います。そして、ベートーヴェンの「第九」をどう表現するのかを考える中で、「第九」に込められている意味を自分たちで解釈をして、表現をつくりあげていく。そこにも参加する子どもたちの内在的な学びの動機があると感じました。
多様性から生まれる内在的な学びの動機
――あらゆる個性、特性の子どもたちがお互いを認め合う中で、心の中から湧き上がるような学びへの欲求が生まれるのですね?
文科省・合田哲雄高等教育局長:
合唱コンクールでは、皆が音程の狂いなく一斉に整ってコーラスをすることを競いますし、一定の評価基準に基づいて優劣の価値が決まります。しかし、ホワイトハンドコーラスNIPPONの子どもたちは、演奏する曲についてそれぞれが違う解釈をしている可能性がありますよね。そして様々な特性をもった子どもたちがお互いに他者から「こういう解釈ができるのか」と感じることは、本当に大きな気づきだと思います。コンクールで1位を取ることだけが大事で、それ以外は価値がないと思い込んでしまうとすれば、大人も子どももその音楽観は貧しいものになっているのではないでしょうか。
――合田さんは『「多様性と学びの質は両立できない」ってほんとう?』の中で、「バリアフリー演劇」を初めて観た時のことを述べています。
文科省・合田哲雄高等教育局長:
バリアフリー演劇を拝見した時に、特別支援学校の子どもたちが演劇中に舞台に上がってまさに演劇に即興で参加しているのを見て、俳優さんたちはどう思っているのだろうと初めは思いました。しかし演出をなさっている方から「演者と観客が舞台と客席を越えて感情や思いを往還させることこそ、舞台俳優の成長にとってすごく大事なのです」と言われ、「そうなのか」と思いました。こういう気づきは、観劇とは優れた俳優の優れた演劇をありがたく、押し頂くように静かに拝見するものだという同調圧力のなかでは出てこないと思います。
デジタル化が多様な学びの追い風に
――一方で日本は分離教育によって、特別な支援が必要な子どもとそうではない子どもが分かれて学んでいて、国連からはインクルーシブ教育ができてないと指摘を受けています。
文科省・合田哲雄高等教育局長:
日本は戦後「一人一人の子どもたちにふさわしい教育を」と、特別支援学校や特別支援学級を充実させてきました。1974年に刊行された灰谷健次郎氏の著書『兎の眼』では、主人公の女性の先生と同僚の先生方が、知的障がいのある児童は特別支援のある学校に行くべきか、普通学校で学ぶべきかと議論をやっていましたね。50年前の小説の風景は今につながっています。

――分離教育は、それぞれの同質性を高め、多様性から学ぶ機会を奪います。なぜ日本では転換ができないのでしょうか?
文科省・合田哲雄高等教育局長:
デジタル化はあらゆる社会システムの軸足を「サプライサイド」から「デマンドサイド」へと移行させますから、現在の社会の構造的変化は多様性やインクルージョンへの強い追い風になっていると思います。つまり「学校や行政が用意できるものに子どもを合わせる」教育から、「一人ひとりの子どもの特性・関心・必要性に教材・方法・ペースを合わせる」教育ですね。その際、むしろ大事になるのは教科の本質だと思います。教科担任の先生方には、素朴概念を乗り越える教科のワクワクするような「非常識さ」が、子どもたちのこれからの人生や子どもたちが担う次代にとってどんな意味や価値があるのかを売り込んでほしい。これからの先生方の仕事は教科の本質を売り込むセールスパーソンです。セールスパーソンだからこそ、目の前の一人一人の子どもの特性や関心を見極め、何に興味を持つのかを理解し、その本質を理解できるように手練手管を尽くす。そのなかに、多様性と学びの質を両立させる重要な鍵があると思います。
3つのバイアスを乗り越える大学改革
――デジタル化によって、これまで「特別な配慮」として例外扱いされてきたことが「標準装備」になれるわけですね。まさにいま教育制度が大きく変わるチャンスですね?
文科省・合田哲雄高等教育局長:
そうしたいと思っています。だからこその学習指導要領の改訂ですし、高校教育改革基金によるN.E.X.T.ハイスクールですし、自らの成長を実感できる密度の濃い学びへと転換する思い切った大学改革です。もちろん、教育は社会の縮図でもありますから、子どもたちの学びや教育の構造の転換は容易ではありません。たとえば、私は、「高校はとりあえず普通科」、「女子は文系」、「早めに理数科目を捨てて受験科目に全力投球し、偏差値の高い首都圏の大規模大学に行けば将来安泰」という3つのバイアスを乗り越えるために、高校から大学にかけての教育システムを一気通貫で変革し、保護者や受験生の意識の変容を後押ししているのですが、なかなか一筋縄ではいかないですね。

――そうしたバイアスを変えるには、社会全体が変わらないといけませんけどね?
文科省・合田哲雄高等教育局長:
逆に「そういう社会はおかしいから、まず教育から変えていきましょう」と言われます。しかし、おっしゃるとおり、社会と教育が一緒に変わらないと、人々の意識は変わらないと思います。「まず教育から」となると、社会的な混乱を学校という小さな社会に持ち込み押し付けることになります。まずは私たち大人として、子どもたちの学びだけではなく自分自身の問題として、「明日のペーパーテストの100点」のみにこだわるか、個人と社会の長期的で創造的な成長や豊かさの均てんの観点から、「多様な子どもたちの中で、その多様性の意味を感じながら、子どもが自らの特性や関心を捉え、深めていくこと」を重視するのかの選択を真正面から考え抜くことが求められていると思います。
――ありがとうございました。
(執筆:フジテレビ解説委員 鈴木款)

