8月に開催された石川県輪島市の4日間続く祭り「輪島大祭」初日。海に面した海士町(あままち)で神輿を担ぐ祭礼が震災前の2023年8月以来3年ぶりに復活した。この地区は2024年1月発災の能登半島地震と同年9月の記録的豪雨の影響が甚大で、奥津比咩(おきつひめ)神社が全壊したほか、キリコ(奉燈)や神輿も破損し、祭礼ができない状態が続いていたが、ようやく神輿が修復されて、久しぶりに海の町に威勢の良い掛け声が帰ってきた。
輪島市海士町に能登人の活気が戻ってきた!
石川テレビ・稲垣真一アナウンサー:
今日から始まった輪島大祭、トップバッターは海士町・奥津比咩神社のお祭りです。3年ぶりに神輿が町を練っています。ご覧ください。この威勢のいい掛け声! この日を待っていたと喜ぶ皆さんの声を集めます。
震災と豪雨で祭りは3年間できなくなっていた
石川県輪島市の4つの地区で4日間にわたり行われる「輪島大祭」は、海士町の奥津比咩神社の祭礼で幕を開ける。しかし2024年の地震で奥津比咩神社は倒壊。
同年9月に起きた豪雨では、祭りで使う神輿の担ぎ棒が折れるなどの被害を受けた。神輿を先導するキリコも一部破損するなどの被害を受けた。輪島大祭の初日を飾る祭りだが、それ以降、神輿やキリコの巡行ができず地区の住民は悔しがっていた。
2025年8月に話を聞いた住民は:
歯がゆいし、うちらもう厄年やし。神輿を担ぐのはもう最後なんや、本当は…。最後の年やし本当はやりてえけど、やっぱり神輿もすごく痛んどって。もうどうもならんもんで。いま直しに出しとるけど。来年か再来年あたりに(祭りが)できればいいなみたいな。
さらにこう続ける。「うちらの祭りは(袖ヶ浜の)砂浜に突っ込んでいく祭りだけど(地震で地盤が隆起して)砂浜も入れられん。もう海は入れられんかなあ…。ま、どうなるか分からんけど、神輿担がれんかった分、みんなで最後の厄払いを一杯やって。」
海士町のキリコが修繕・復活
3年ぶりの開催となった8月22日、輪島大祭の初日。輪島港に海士町のキリコが並んだ。その中で真新しいキリコがひときわ目立っていた。災害を乗り越え、今回に向けて新調されたキリコだ。金色で書かれた吉祥三文字は“田心姫”と書かれている。「たごりひめ」または「たぎりひめ」とも呼ばれ、日本神話に登場する海上安全や航海を守護する女神の名前だ。
稲垣アナ:
ピカピカのキリコですね
海士町地区氏子総代 冨島勉副総代長:
美しいですね。これが終わって秋が来るっていう感じやから
冨島さん:
お宮さんで待っとる神様の名前っていうか。女神様の祭りやもんで、きょう男子は化粧して、女の格好で神輿を担ぐ。
稲垣アナ:
復活するんですか?
冨島さん:
ああ、する。まあ徐々に徐々に。復旧に向けてやっていこうと
稲垣アナ:
ここにあります煌びやかなお神輿、どのようなお神輿なんでしょうか
遠島藤彦総代長:
海士町伝統のものです。町のシンボルです
奥津比咩神社の本宮は、輪島漁港から北に約50km沖の「舳倉島」にある。島へは船で約90分もかかるが、この海は夏場に素潜り海女たちがアワビやサザエを採る漁場。海の幸が海士町に生きる人々の暮らしを支える本当に大切な海だ。その本土側の里宮の祭礼が、海士町に受け継がれている。
海士町地区氏子総代表の遠島さんに、能登半島地震と豪雨で倒壊し解体された奥津比咩神社があった場所を案内してもらった。
稲垣:
改めて見ると町を一望できて、ちょうど海のところにあるお宮さんやったんですね。
遠島さん:
(奥能登豪雨で)土砂が流れ込んで、ここに神輿の蔵があったんですけど、そこにも泥が全部…
地震と豪雨の発生以降、威勢のよい掛け声が海士町に響くことはなかった。地震では奥津神社をはじめ、住宅など数多くの建物が倒壊。そこに追い討ちを掛けた能登半島豪雨で、大量の土砂が輪島に流れ込む被害があった。
稲垣:
きっちりとした祭りができなかったじゃないですか。この3年間、町の人たちはどういう気持ちで過ごしていらっしゃったんですかね?
遠島さん:
苦しかったと思いますよ。好きなお祭りができなくて。なるべく早くこの宮の行事をやらなくちゃ前に進んでいかないんで、なるべく早く氏子総代で話し合って、やると決めました。
8月12日、富山県氷見市の仏壇店から修復が完了した神輿が町に帰ってきた。これで神輿の巡行ができることになったのだ。
稲垣アナは能登伝統の“ヨバレ”に
稲垣アナ:
幕が張られてますね、玄関先に。能登の祭りといえば欠かせないのが、“ヨバレ”。 ということで実は私、今日ちょっと一軒のヨバレに招かれておりまして、お邪魔しようと思います。
“ヨバレ“とは、能登伝統の「もてなしの文化」で、祭りの日や祝い事の際に親戚や知人、世話になった人を自宅に招いて御馳走や酒宴でもてなす習慣だ。
稲垣アナ:
皆さん失礼します!すごいですね。海女さんもいっぱいおるんですか?。
海士町自治会・橋本拓栄会長:
待ちに待った神輿も直って、皆もこうやって久しぶりに笑顔が見られて、今後もそうすけど来年に繋がるような祭りにしていきたいなあと思っていますね。
いよいよ3年ぶりの祭り本番
神事が終わると、修復された神輿の周りに女装した若い担ぎ手たちが集まってきた。顔におしろいを塗って化粧を施すことを担ぎ手はどう思っているのだろう。
担ぎ手:
16歳です。
稲垣アナ:
16歳!このメイク自体は今までやったことはあるんですか?
担ぎ手:
ないです、初めて。
稲垣アナ:
今、お気持ちどうですか?
担ぎ手:
ちょっと恥ずかしいんですけど。抜けました、恥ずかしさ。
この町に生まれた男子は、この女装をすることで一人前と認められるそうだ。そして修復された海士町の神輿は威勢よく町へと担ぎ出されていく。
住民は、「いやあ、最高や」と話す。
稲垣アナ:
当然お父さんも昔は…
住民:
昔は担いどった、女装や化粧をして?
稲垣アナ:
こうやって地震から3年目、ここまで来ましたね
住民:
ああ、そうや。いいことや、いいことや。

修復されて煌びやかに復活した神輿は、女装した若者たちに担がれながら、2時間半ほどをかけて震災や豪雨の被害に遭った海士町や輪島港などをくまなく回った。
遠島さん:
老いも若きもみんな集まって、情熱を感じますね。
稲垣アナ:
お祭りを契機に、今後海士町はどのように発展していったらいいなというふうに思いますか?
遠島さん:
復興も進んでほしいですし、ますます今後発展してほしいですね。
稲垣アナ:
今後の発展も祈っています。


能登人たちにとって「祭り」は、ただの祭礼でない。盆暮れ正月ではなく、「祭り」を起点にして一年が回っていると言っても過言ではない。海士町の人達にとっても奥津比咩神社の祭礼が復活開催できたことが、震災と豪雨からの復興の気持ちを勢いづけるのだ。
(石川テレビ・9月3日放送)

