学名「ニッポニアニッポン」とは、国の特別天然記念物・トキだ。一旦は国内で野生絶滅となったが、中国から譲られた2羽をもとに佐渡島を中心に繁殖させ、この5月、石川県羽咋市で本州では初の放鳥。これまでに18羽のトキが放鳥された。
石川県では2011年6月に「能登の里山里海」が国連の“世界農業遺産”に認定されている。豊かな自然と人々の暮らし、多様な生物が共に生きているのが能登だが、トキとの共生には何が必要なのか。それを地域の活力につなげるにはどうすれば良いのか。18年前の放鳥からトキとともに歩んできた新潟県佐渡市の経験から、能登の未来を考える。
5月にトキ18羽が放鳥された能登地区では

2026年5月31日、石川県羽咋市で本州初のトキの放鳥が行われた。能登で最後のトキが生息していたのが、羽咋市だ。放鳥から約3カ月が経過した。

これまでに18羽を放鳥し、トキに装着したGPSの位置情報をもとに調査したところ、8月19日時点で羽咋市や七尾市、中能登地区や珠洲市、富山県にまで飛来したことが確認されている。
放鳥以来4羽のトキが確認されている羽咋市では、農家の北江克伸さんが稲刈りを始めていた。
今までにトキを見たかと尋ねると、「ないね、見たことないねってみんな。見た?見た?って会話するけど、見たことないって」と北江さん。

さらにトキとの共生については、「化学肥料を半分にしてコメが減収になった分を賄えられたらいいけど、どうしても(自分たちの)収入考えてしまうわね」と、少し悩ましそうだった。

トキの餌は田んぼや水路にいるドジョウ、カエル、ミミズ、カニなど。共生するには生物が暮らしやすい環境を作るため、農薬や除草剤を減らすことが求められる。そのため草刈りなどの手間が増え、コメの収量が減って収益を圧迫する恐れもある。
トキとの共生を目指して2023年度に「トキ共生推進室」を設置した石川県はどう考えているのだろうか。
早松良美室長は、「創造的復興プランの方に、トキが舞う能登の実現ということで、復興に向けてトキを活用しようと。トキを見に来るという観光商品の造成なども、ゆくゆくは視野に入れたいと思っており、そういったものをもとに交流人口の拡大につなげたいと考えている」と話す。
新潟県・佐渡島で「トキとの共生」を調べてみた
トキの放鳥と定着は、具体的にはどのように地域で実を結ぶのだろうか。2008年にトキが放鳥された新潟県佐渡市。今では至るところにトキが生息し、ごく身近な生き物となっている。
18年前の放鳥からトキの野生復帰に携わってきた同市トキ・里山進行係の土屋智起さんは、「放鳥の初年度から想定外の連続だった。最初トキは山の中の小さい田んぼにずっと居るものだとみんな思っていた。実際に放してみると平地の人里に近い所にばかり行く。その都度状況を見ながら、色んなことを考えていった」と語る。
佐渡ではトキが観光資源になっている
試行錯誤を積み重ねた結果、現在の佐渡島では野生下に500羽近いトキが生息している。そして今ではトキそのものが人を呼び込む存在になっているという。観光スポットになっている「トキの森公園」を訪ねた。
「トキの森公園を一番、来たいと言っていたので」
「かわいかった」
――トキ見られた?
「うん。トキみたいと思ってきたので」

「学名が“ニッポニアニッポン”って、すごい日本を象徴する鳥でかっこいいな──という話をしていたので、直で見られたらいいなって思いました」
佐渡市内で160年以上続く老舗旅館は、“トキ効果”を語る。湖畔の宿・吉田家の山田久志代表は「2階から8階まで全て満室。30〜40年前からの経緯をみると、佐渡金山が観光客の9割くらいだった」と言う。それが、「トキが佐渡へ来てから(トキ目当ての観光客が)どんどん増えていって、(佐渡金山と)数字が逆転しまして。良い効果はあると思います。」と話す。
トキの経済波及効果は44億5000万円(年間)
トキを中心とした佐渡への経済効果について3年前にまとめられた研究がある。アンケート調査などを元にトキ目的の観光客は“年間約5万3000人”。それに伴う消費を含む経済波及効果は“年間44億5000万円”に上ると推定している。
調査を行った人間環境大学の岡久雄二講師は、
「トキの野生復帰事業というのは、佐渡の経済にとても重要な役割を果たしていると思う。総額44.5億円というかなりインパクトのある数字なので、目に見えてメリットがあるのを理解していただける。」と話す。
一方で、トキの生息環境を支える農林水産業への波及効果は約3460万円で、全体の0.7パーセントにとどまると岡久氏は試算した。
岡久雄二講師:
佐渡を訪れた時に(観光客が)食べているものが、佐渡で生産されたものなのかどうか。佐渡ではそこが一つのネックになっていて、地産地消を積極的に進めているが。そうはいっても観光客が消費しているもの全てが佐渡産ではない。結果的に農林水産への波及効果は小さくなってしまう。
佐渡でのトキと農業の共生状況は?
佐渡市片野尾地区。かつて野生のトキが最後まで生息していた地域のひとつだ。稲作を中心とする農業法人「片野尾とき舞」代表の神蔵智行さんに、トキとの共生で最も大変なことを聞くと、「草刈りです。全部、道も畔も手刈りで。除草剤を使うとトキが来ないので、草刈りが追いつかない。トキが住んでいる地域の宿命です。」と語る。

ここでは、生き物が暮らせる環境を守ろうと、地域をあげて農薬を減らしたコメ作りを行っている。佐渡市の補助金も活用しているが、増えた手間を補えるほどではないそうで、神蔵代表は「(補助金は)ほぼ肥料代で消えるんで、農家で利益を出すのは中山間では厳しいのかな。この先もないんだろうなと思います。」と話す。
地域では高齢化が進み担い手不足も課題となっていて、農地を守るための農業法人も設立した。トキが暮らす田んぼをどう守っていくのか。試行錯誤を続けている。
神蔵代表は「集落を守ることが、景色を守ることが、トキを守ることにつながると思っているので、今はできることをやるしかない」と語る。
佐渡市の中心部やフェリーが発着する両津港から車で約15分~20分のところに「トキの森公園」がある。観光客が集まるのは身近な距離でトキを見られるトキふれあいプラザ。大型の飼育ゲージ内でゆったりと飛翔するトキや、トキが採餌する姿などが観察できる。
佐渡のトキを一目見たいと石川県からやってきた家族がいた。志賀町から来た升本侑太さんは、能登でトキのことを調べていた際に、佐渡で生まれたトキだから、せっかくだから佐渡に見に行こうと、佐渡に来たと言う。
長男の寛大くんは、「最初はあんまり興味なかったんですけど、放鳥されたしちょっと興味わいて。調べてみようかなと思って、自由研究にすることにしました。」と話していた
寛大くんは、夏休みの自由研究にまとめようと、地元の人にインタビューも試みていた。
寛大くん:
今までトキをみて、絶対に忘れないことはありますか?
地元の人:
上空をぐるぐる、美しいトキが飛んでいたのをずっと覚えていますね。一回いなくなった鳥なんですけど、いなくならないようにいろんな努力をして、今そこにトキが戻ってきているっていうのが、奇跡的だなって。
初めて目にした、野生下で暮らすトキ。寛大くんは「すっごいきれいで感動しました。こんな感じで野生で生き生きしている所があるんだって感動しました。そこ向いたらトキがいるみたいな、そういう感じのたくさんトキがいるところがみたいです。」と話していた。
能登里山でのトキの定着は…
新潟県では“トキと共生する佐渡の里山”、そして石川県でも“能登の里山里海”が同時に2011年6月、国連食糧農業機関の「世界遺産」に認定された。かつては両エリアともに野生のトキが生息していた。国内でもトキが生きられる環境が残っていたのだ。
この日、石川県羽咋市で農作業中だった農家の北江克伸さんが偶然見つけたのは、初めて見るトキだった。「おおほんとや! 朝さっき通った時は小さいからサギかなって」
──初めて見るトキはどう?
「いいね。定着してくれればいいね」

佐渡に続いて放鳥された能登のトキ。能登一帯の農業や暮らしと共生できるのか、佐渡のように新たな観光資源となれるのか──。長い年月がかかるのは間違いないが、温かく見守っていきたい。
(石川テレビ・8月26日放送)
