2024年元日に発生した能登半島地震で基礎部分に甚大な被害を受け、約30cm傾いた「ホテルルートイン輪島」本館。解体も視野に入る中、ホテルは修復工事を決断した。建物を丸ごと持ち上げる「ジャッキアップ工法」という難工事を経て、9月18日に営業を再開する。復興の拠点として地域を支えてきたホテルの道のりと、再開後に直面する新たな課題を取材した。
震災でホテルルートイン輪島・本館が約30センチ傾いていた
2024年1月にヘリから撮影された映像には、能登半島地震の後も、一見すると変わらず建っているように見える「ホテルルートイン輪島」が映っている。しかし、その内部では深刻な異変が起きていた。復旧工事に携わった鉄建建設の伊藤晋広設計統括室長は、当時の建物の状態を「平衡感覚を失うというか、かなり具合が悪くなるような状況」と振り返る。建物は約30cmも傾いていたのだ。ホテルの支配人である中島健太氏も「階段を上るときに身体が振られたり、真っすぐじゃないなと感じていた」と話す。
輪島港を望むこのホテルを襲ったのは、目に見えない基礎部分への甚大なダメージだった。本館の基礎を支える杭に大きな被害が及んでいたのである。直径70cmの鉄筋コンクリートの杭は、真っすぐだったものが提灯のようにたわんで変形していた。
その状態を伊藤氏は「この状態では近寄ると怖い、そういった印象を受ける」と表現する。調査の結果、30本近くある杭のおよそ9割が地震の影響で変形していることが判明した。「使用上の問題と構造性能上、耐震性の問題の観点から、この建物を使い続けるのは難しい状態だった」という。

「復興のシンボルに」解体ではなくジャッキアップ工法を選択
ホテルルートイン輪島がオープンしたのは、今からちょうど20年前の2006年。当時は建設に反対の声もあったが、和室を設けないなど地元の旅館に配慮する形で開業にこぎ着けた。2019年には同じ規模の東館もオープンし、多くの観光客やビジネス客を受け入れる、地域にとって重要な存在となっていた。
甚大な被害を受け、建物を使い続けることが難しいと判断される中、解体も一つの選択肢だった。しかし、ホテル側が下した決断は修復だった。中島支配人は「傾いてしまったが、それを直して復興のシンボルのような位置づけで、なんとかそのままの形で再開できないか」との思いを抱いていた。

そこで選択されたのが、建物を持ち上げて傾きを修正する「ジャッキアップ工法」だ。地震の翌年、2025年1月に始まった復旧工事は、まず4カ月かけて建物の下を約5メートル掘り進めるところから始まった。
そこに仮の杭を立てて変形した元の杭を取り除き、油圧ジャッキを使って少しずつ建物の傾きを修正していくという大掛かりなものだった。鉄建建設の伊藤氏は「状況を確認しながら制御できるよう、工事の本部を一時的に建物の下に作り、油圧ジャッキがどれくらいの力をかけているのか、かけた後にどのくらい動いたのかを各場所でモニタリングしながら施工した」と説明する。
実際の映像では、約5000トンの建物がゆっくりと持ち上がり、3日後には建物の傾きが元に戻った。
復旧の拠点となった東館 宿泊者が見た被災地の“日常”
地震発生時、ホテルルートイン輪島には多くの人が避難してきた。被害がなかった東館は、その後、医療従事者や復旧工事関係者が宿泊する復旧の拠点としての役割を担うことになった。
2024年2月に輪島市内の避難所で災害派遣医療チーム「JMAT」として活動した金沢西病院の看護師、福島浩太郎さんも、このホテルに宿泊した一人だ。福島さんは「最初、JMATで行くと決まったとき、まだどこに泊まるか決まっていなくて、もしかしたら車中泊かもしれないと言われていた。睡眠や食事の心配はあった」と当時を振り返る。
そんな中で提供されたホテルの環境は、想像をはるかに超えるものだった。「すごくうれしくて、まさかお風呂まで入れるとは思わなかった。トイレも水洗式ではないものを想像していたので、本当にありがたかった」と語る。
地震から2年8カ月が経った今でも、東館の利用者の大半は復旧業者だという。中島支配人によると「平日の宿泊に関しては、今でも8割、9割ぐらいは業者の方に泊まっていただいている」のが現状だ。本館が再開しても「部屋の数が増えてもその分が埋まりそうな勢いで宿泊需要があるんじゃないか」と見ている。
宿泊施設不足の輪島市 “ルートイン再開”への期待
復旧需要が高い背景には、輪島市内の深刻な宿泊施設不足がある。地震前、市内には34の宿泊施設があったが、地震後に5つの施設が廃業し、制限無しで再開できている施設はわずか8つにとどまっている。
坂口茂輪島市長は「輪島市のなりわいの再生の中で一番遅れているのが宿泊施設。輪島に来られる方にとって一番問題になっているのが宿泊施設がないこと。予約が取れないということが問題だ」と危機感をあらわにする。特に、復旧業者は日中の工事の疲れを癒やすため個室を希望するケースが多く、部屋不足に拍車をかけている。実際、ルートインでもツインの部屋を1人で利用する場合が多いという。
こうした状況で、本館が再開することは地域にとって大きな意味を持つ。坂口市長は「大きなルートインのキャパが回復されるというのは、復旧・復興にとっては大きな力になると感じています」と大きな期待を寄せている。
再始動の先に待つ「人手不足」という新たな課題
東館の102室に加え、本館の120室が新たに稼働することで、復興への大きな力となることが期待される一方、新たな課題も想定されている。中島支配人が指摘するのは「スタッフ」の問題だ。
震災後、輪島から離れる人も多く、同ホテルも従業員が減ってしまったという。地震前に65人いたスタッフは、現在45人ほどになった。能登地方全体で深刻化している人手不足が、ここでも大きな課題となっているのだ。
今のところ、宿泊客の大半を占める復旧業者は、延泊が多いことから、部屋の清掃の数を減らすなどして人手不足をカバーしている。中島支配人は「今後も災害復興の方が中心にはなってくるとは思うが、(業者と観光)両方の方を受け入れて、地域の発展に少しでも貢献出来れば」と将来を見据える。

ホテルルートイン輪島は、今月18日に再始動する。解体という選択肢もあった中で、困難な修復工事を選んだ決断は、単に一つのホテルが営業を再開するという以上の意味を持つ。復旧の拠点から、これからは復興のシンボルへ。人手不足という大きな課題を抱えながらも、地域と共に新たな一歩を踏み出す。七尾から北は能登半島地震で被災した宿泊施設が多い。これまで復旧業者の利用が中心だったホテルに、観光客なども気軽に利用できるようになることが、輪島の復興が大きく近づいている証になるだろう。
(石川テレビ・9月9日放送)
