富山県西部に線状降水帯が発生した8月27日、氷見市では広範囲にわたる浸水被害が発生した。車が水没し、実りを迎えた稲穂が頭まで水に浸かる光景が広がるなか、水はなかなか引かなかった。その背景には、氷見市特有の「海抜0メートル以下」という地形と、その排水能力を遥かに超えた記録的な雨量があった。
車も稲穂も水の中に 29日正午でも続いた浸水
浸水被害から2日が経った29日の正午ごろ、氷見市川尻地区では水没した車が何台も放置されたままの状態が続いていた。住宅の軒先でも、タイヤの半分ほどの高さまで水が達したまま引いていなかった。
500メートルほど離れた万尾地区では、実りの時期を迎えた稲穂が頭まですっぽりと水に浸かったままだった。被害が発生したのは27日のことだというのに、なぜ水は引かなかったのか。
「出口も砂丘で閉じられている」 海抜0メートル地帯という地形


その理由は、氷見市が抱える特殊な地形にある。仏生寺川の河口までおよそ4キロの断面図を見ると、山側よりも海側の方が高いことがわかる。さらに、市内中央部には海面の高さより低い「海抜0メートル以下」の地帯が広がっている。


富山大学学術研究部の立石良准教授はこう説明する。
「氷見は富山では特殊な地形。まず低い、勾配がほとんど無い。勾配が無いと水も流れない。出口も砂丘で閉じられている。狭められている。なかなか水が流れない。溜まりやすく出しづらい」
今回の浸水被害で水があふれた万尾川も、下流域の標高が高いため、水は海へ直接流れない構造になっている。ゲートで区切られた万尾川は海とはつながっておらず、排水を担う施設に頼るしかない地形なのだ。
1日141ミリ想定の施設に、300ミリが降った
その排水を一手に担ってきたのが、農林水産省の施設として氷見市土地改良区が委託を受けて管理する十二町潟排水機場だ。1983年の設置以来、24時間体制で稼働し続けてきた。

施設の地下にはポンプが4台設置されており、万尾川の取水口から汲み上げた水を、海までつながる仏生寺川へと排水している。その排水量は1秒間におよそ35トン。1日の降水量141ミリを想定して造られた施設だ。
ところが今回の大雨では、その2倍を超える観測史上最大となる300ミリの雨が降った。氷見市土地改良区業務課の上野俊さんは当時の状況をこう振り返る。

「あそこのコンクリートの立ち上がり(壁)から10センチ下くらいが最高の水位」
記者が今までそんなことはあったのか問うと、上野さんは「ありません。経験ない。今回の総雨量はポンプで排水できる雨量を遥かに超えていたため、なかなか水が引かないという状況になったと思います」と答えた。
施設が浸水すれば地下のポンプが壊れる恐れがある。このため農林水産省と国土交通省から排水ポンプ車が急きょ駆け付け、対応にあたった。

「29日の夜中(午後10時ごろ)までポンプ4台フル稼働してました。今は2台だけ動いている状態、もっと排水量が増えても対応できる状態に戻っています」と上野さんは話す。
「ここで吐き出さなければ、ぜんぜん引かない」
立石准教授は、海抜0メートル地帯を抱える氷見の構造的な問題をこう指摘する。
「海面より土地が低い。そもそも湖、十二町潟もある。(浸水の水位が)上ってしまうと、しばらく引かない。ここ(排水機場)で吐き出さなければ、ぜんぜん引かない状態がしばらく続いた」
氷見市の関係者によると、市内で浸水被害が出た地域は、29日の朝までに概ね水が引いたという。

十二町潟排水機場ができた1983年以降、その周辺では宅地開発が進んできた。しかし立石准教授は、今回の事態は「当時の想定を超える気象災害が、私たちの足元でも発生するようになった一つの象徴」だと語る。

1日141ミリを想定した施設に、300ミリが降る。それはもはや設計の前提を根底から覆す事態だ。氷見市と同様、海抜0メートル地帯からの排水を担う国の事業は射水市でも行われており、今回の教訓は氷見市だけの問題にとどまらない。地形的な制約を抱えた地域において、想定を超える豪雨にどう備えるかが、改めて問われている。
(富山テレビ放送)

