北アルプスで半世紀以上にわたって人々を迎えてきた「ホテル立山」が、8月31日に営業最終日を迎えた。「日本で最も標高の高いリゾートホテル」として多くの登山者や観光客に愛されてきたが、老朽化などを理由にその幕を閉じた。最後の宿泊を終えた客たちからは「他にはこういうホテルがない」と惜しむ声が相次いだ。

4年の歳月をかけて誕生した"山頂のホテル"


「ホテル立山」は、立山黒部アルペンルートの拠点である標高2450メートルの室堂ターミナルと一体につくられた施設だ。地上6階、客室は81室。建設が始まったのは1968年で、当時、山岳地帯にホテルを建てることは前例のない挑戦だったという。工事は難航し、完成までに4年の歳月を要した。


合理的な構造と機能性を重視した「モダニズム建築」としても知られており、建築史家・倉方俊輔教授(大阪公立大学)はその魅力をこう語った。「標高2450メートルにふさわしいホテルをつくる、それが山っぽさもあるし、合理的精神もあるし、同時に人をくつろがせる雰囲気のあるホテル」。30日には倉方教授による最後の建築紹介イベントも開かれた。

169万人を迎えた54年間

ホテル立山は1972年の創業後以来、星空観察会や夕方の周辺散策など、山岳ホテルならではのアクティビティを展開。31日までに延べ169万人あまりの宿泊客を迎えた。

東京から訪れ、5〜6回の宿泊経験を持つというリピーターは「他にはこういうホテルがない。日本で標高2450メートルでくつろげるというところはない」と話す。大阪から最終日に宿泊した客も「本格ハイカーではないので山小屋はハードルが高い。ホテルにいながら大観峰で日の出を見たり、夜の星空を見たり、そういった楽しみ方をさせてもらった。本当にありがたかった」と振り返った。
「悲しくなる」従業員も言葉に詰まる


30日には従業員への取材会も開かれた。赤坂郁人支配人は最終日の思いを問われると言葉に詰まりながら、「悲しくなる…こうなると悲しくなりますね…」と漏らした。それでも「54年間営業を続けてきたということは大変意義深いことと思います」と目を潤ませた。
食堂部の板倉学さんも「景色、動物、名水だったり、誇るところが沢山ありすぎて…。ここで働いているのは誇りで、働き甲斐が本当にありました」と語った。
売却先の星野リゾート、ホテル事業の方針は未定

老朽化などを理由に、これまで運営してきた立山黒部貫光は国内外でホテルを展開する星野リゾートにホテルを売却した。ターミナル側にあるレストランと売店の営業は今後も継続される見込みだが、ホテル事業の今後の方針は現時点で明らかになっていない。


最後の宿泊客のひとりは「また別のホテルを運営されるかもしれないというお話もあるみたいですけど、いつかもわからないので、最後に来たいなとやって参りました」と話した。厳しい自然環境の中で半世紀以上にわたって旅人を迎え続けた「ホテル立山」は、31日をもってその長い歴史に静かに幕を下ろした。
(富山テレビ放送)

