マイページ
“日本最後の秘境”奥黒部の「太郎平小屋」 86歳主人が守り続ける“登山者第一”の精神と忘れられない“北アルプス史上最悪”の遭難事故|FNNプライムオンライン

“日本最後の秘境”奥黒部の「太郎平小屋」 86歳主人が守り続ける“登山者第一”の精神と忘れられない“北アルプス史上最悪”の遭難事故

Google ニュース プリファードソース

「日本最後の秘境」と呼ばれる奥黒部。水晶岳や黒部五郎岳など、黒部川源流域の山々が連なるその玄関口に、太郎平小屋は建っている。主人の五十嶋博文さん、86歳。高校2年生の夏に初めてこの地を訪れて以来、70年にわたって山小屋に生き、登山者を迎え続けてきた。9月には山の上で87歳の誕生日を迎える五十嶋さんに、山への深い思いと、師から受け継いだ「登山者第一」の教えを聞いた。

この記事の画像(21枚)

薬師岳を見た瞬間、生涯を決めた

太郎平小屋は、薬師岳への登山拠点として知られる山小屋だ。初夏から秋にかけてのワンシーズンで7800人の登山客を受け入れ、1日最大135人が宿泊する。

五十嶋さんは毎日、一人ひとりの登山者を自ら出迎える。

「荷物(持つよ)。濡れた?乾燥室、火入ってるよ」

長い山道を歩いてたどり着いた登山者の中には、感極まる人もいる。ある登山客は「着く直前の数メートル手前くらいでやっと見えて、泣きそうになりました。全然たどり着かなかったので…良かったです、無事に来られて」と話した。

小屋の始まりは、五十嶋さんの父親が建てた「太郎小屋」だった。その手伝いのため、五十嶋さんが初めて山を訪れたのは高校2年生の夏のこと。太郎山から薬師岳を望んだその瞬間、人生の方向が決まった。

「上がってきて太郎山から薬師岳を見て、生涯、山小屋に入ろうと思った瞬間だった。そのときの感情は忘れられない」

師・「剱の文蔵」から受け継いだ教え

五十嶋さんが師と仰ぐのは、「剱の文蔵」の異名で知られる佐伯文蔵さんだ。日本登山史にその名を刻む山岳ガイドであり、剱岳の眼下に建つ「剱澤小屋」を経営。山岳警備隊がまだ発足していない時代、立山一帯の遭難救助で陣頭指揮を執った人物である。

文蔵さんの言葉は、今も五十嶋さんの胸に生き続けている。「『薬師守っていくんだったら、お客さんにできるだけのことはしてやれ』と。そういう教育を受けてきた」。そして「遭難事故が起きた時、面倒をみるのは山小屋の使命。文蔵さん『登山者が第一』の考え方でやっていた」と振り返る。

北アルプス史上最悪の遭難事故

師の教えを胸に山小屋の仕事に打ち込む中、北アルプス史上最悪の遭難事故が起きた。

昭和38年1月、「三八豪雪」のさなか。薬師岳で愛知大学山岳部の13人が遭難した。捜索隊を率いたのは文蔵さんで、五十嶋さんも捜索にあたったが全員が帰らぬ人となった。

「私とすれば13人の遺骨を親元へ渡せてほっとした。小屋を経営している責任」

その忘れることのできない経験が、五十嶋さんをさらに行動へと駆り立てた。

10の山小屋をつなぐ「無線ネットワーク」

遭難事故を教訓として、五十嶋さんは薬師岳・奥黒部エリアの10の山小屋を結ぶ「無線ネットワーク」を立ち上げた。経営母体の異なる小屋同士が、登山者の安全のために毎日情報を共有するという全国でも珍しい仕組みだ。

「太郎の天候、霧雨。視界は50メートルほど。事故の報告は入っておりません。黒部五郎、どうぞ」

今も小屋から発せられるその言葉には、師から受け継いだ使命感がにじむ。

さらに太郎平小屋には、富山県警の山岳警備隊が常駐している。五十嶋さんはその背景をこう説明する。「立山・剱エリアよりも岩場はないけれど遭難現場まで遠い。それで常駐するように」。

山岳警備隊の柳本直樹隊員も、ネットワークの恩恵を実感している。「エリアが広いので登山者の情報がわかると、こちらも身構え方というか何かあった時に対応の仕方が変わってくるので助かっている」。

思いはつながり、次の世代へ

五十嶋さんのもとで働くスタッフの中には、常駐する山岳警備隊の姿に憧れ、その道を目指すことを決めたアルバイトの若者もいる。「ここでバイトしてて、警備隊の方が常住されているので、かっこいいなと思って。警察官としての仕事から始める、いつなれるかはわからないんですけど…」。さまざまな人生が交わり、思いがつながっていく。それが太郎平小屋という場所だ。

スタッフの関野正弘さんはこう語る。「山と山小屋と山小屋の親父が三位一体。薬師岳と太郎平小屋とマスターがいるから、この山は良いなと」。登山客からも「人間味が出ているというか、ここのオーナーの」という声が聞かれる。

「山に住んでよし、というのが私の人生」

山小屋人生70年。五十嶋さんはこの9月、山の上で87歳の誕生日を迎える。

「山にいる方が健康。この空気を吸ってるだけでもちがう。いろんな人が訪ねてくるとうれしい。自然が好き、山が好きとか、それにプラス、人が好きになれる。山にいると」

そして最後に、こう言葉を続けた。「山というのは、眺めてよし、登ってよし、住んでよし。山に住んでよし、というのが私の人生。山におれたから、これだけ生きてこられた」。

師から受け継いだ「登山者第一」の精神は、太郎平小屋とともに今日も奥黒部の空の下に息づいている。

(富山テレビ放送)

富山テレビ
富山テレビ

富山の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。

  • 1
  • 2
関連記事
富山テレビの他の記事
豪雨被害 氷見市で水は引くも田んぼに大量のごみ 農家は「仕方ない」罹災証明の受付けも始まる
豪雨被害 氷見市で水は引くも田んぼに大量のごみ 農家は「仕方ない」罹災証明の受付けも始まる
都道府県
「人として、娘を尊敬している」 富山のチアチーム『パピーズ』に学ぶ、親子で挑戦する子育てのヒント
「人として、娘を尊敬している」 富山のチアチーム『パピーズ』に学ぶ、親子で挑戦する子育てのヒント
都道府県
氷見市6集落の孤立続く 道路の復旧作業進むもめどたたず 孤立解消には数日かかる見通し
氷見市6集落の孤立続く 道路の復旧作業進むもめどたたず 孤立解消には数日かかる見通し
都道府県
「パンが恋するスープパスタ」とイワシのマリネパスタ こだわりのイタリアン2店
「パンが恋するスープパスタ」とイワシのマリネパスタ こだわりのイタリアン2店
都道府県
一覧ページへ
×