お腹の底から笑ったのはいつ?
その“しるし”の見つけ方は、難しくありません。直近1か月で、お腹の底から笑った場面を一つ思い出す。それだけです。場面が浮かんだら、三つだけ書き出してみてください。どこにいたか。誰と。何をしていたか。
この三つが揃うと、自分が仕事に求めている条件が見えてきます。あとで知ったのですが、心理学者のラス・ハリスも、大事にしたいことは羅針盤のようなものだと言っていました。でも私は、こうも思うのです。その羅針盤は、頭で考えても出てこない。
心から笑えた瞬間にだけ、針が正直に振れるのだと。私の場合、答えはすぐ出ました。深夜のコンビニ。タッキー(同期)と二人。他愛もない話をしながら歩いていた。
条件は、顔が見える相手と、答えのない会話と、自分が選んだ時間。外銀の仕事には、この三つが一つもなかった。箱根の夜も、インターンのあの夜も、その三つが揃っていました。だから静かに、決まってしまった。布団の中で、私は天井を見ていました。明日、辞めると言おう。
9か月かかった一行の退職メール
箱根から帰った夜、辞めて翌朝。月曜の朝、9時半。私はオフィスのデスクに着いて、PCを開きました。上司へのメールを書いたのです。「お忙しいところ恐縮です。本日、15分ほどお時間いただけますでしょうか」。たった一行に、9か月かかりました。
不思議なものです。9か月間、あんなに「辞める」と思っていたのに送れなかったメールが、あの夜の翌朝には書けた。9か月間、毎朝考えていました。辞めるべき理由は増えていく。
でも夜になると「もう一日だけ」と思っている。その繰り返しでした。頭の中がずっと同じところをぐるぐるしていて、出口が見えない。悩めば悩むほど、答えから遠ざかっていく感じがしていました。
たぶん、悩み続けているときって、視野がどんどん狭くなっていくんだと思います。「辞めるか辞めないか」だけしか見えなくなる。でも笑い転げた翌朝は、なぜかそれより広いところから考えられました。だから、大事な選択ほど、楽しい瞬間の後にしたほうがいいと思っています。
悩み抜いた末に出した答えより、笑い転げた翌朝に出た答えのほうが、少なくとも私には、ずっと正直でした。子どもの頃に母から言われたことの意味が、あの朝、ようやくわかった気がしました。
田中優輝
東京大学経済学部金融学科卒業後、外資系投資銀行に入社するも約9か月で退職。 2024年、株式会社Take Riskを創業。「北区の刺しゅう屋」を立ち上げる。

