令和の社会では、コスパ・タイパといった価値観が台頭し、生産性や効率性が重視される傾向にある。働く人のメンタルヘルスに詳しい臨床心理士・公認心理師の関屋裕希さんは、こうした価値観が、「役に立っていない自分は価値がない」という思考につながってしまうと指摘する。そして、そうした思考は手放していい、と話す。

関屋さんの著書『仕事が終わらないのはだれのせい? 自分に優しい時間の使い方』(日経BP)から抜粋して紹介する。

生産性がない時間をむだと感じてしまう

仕事が一段落したとき、スケジュール通りに事が運んだとき、目に見える成果があがったとき、私たちは、ほっとします。

「ひとつのことをやり終えた」

そんな安心感が、自分の存在を保証してくれるような気がしていませんか。

逆に、何もしていないとき、ぼんやりしているとき、だらだら過ごした休日、何もする気になれない朝、そんなときには、たちまち罪悪感や焦りが顔を出してくる。

まるで「生産していない時間=価値のない時間」であるかのような前提に、とらわれてしまっているようです。

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働いている時間は価値のあるもので、それ以外の時間の価値は低い。

結果を出した人や成果をあげた人は立派で、そうでなければ尊重に値しない。

忙しくしている人は誰かに求められている人で、ヒマそうにしている人は必要とされていない人。

そんな評価軸が、私たちの中に、知らない間に深く浸透してはいないでしょうか。

その結果として、何かを生み出さなければ焦りや不安を感じて、生産していない時間を「むだ」と感じるようになっています。

役に立っていない自分は価値がない?

ここで、文字として読めば、「それは違うんじゃないか」と思えることでしょう。しかし、心の中では意識せずに、その前提で世界を眺めていることがあるのではないでしょうか。

働いている時間は価値があって、それ以外の時間は価値が低い、なんて考えている自分にどきっとさせられはしていませんか。

職場で、手持無沙汰にしている人がいたら、「かわいそう」と思ったり、何か行動するときには「これで得られるものって何だろう?」という視点だけで選んでいたり、ひとりひとりの人を同じように尊重して接するのではなく、無意識で何かに優劣をつけるように考えているとしたら…。

無意識に手にしている評価軸は、他者だけにあてはめるものではありません。

私たちは、その評価軸で、同じように自分のことも判断しています。