「このままでいいんだっけ?」
仕事で忙しい日々を送っている中で何度もこの疑問を持ったことはあるだろう。
東京大学経済学部卒業後、外資系投資銀行に入社し誰もがうらやむキャリアを手にしながらも、わずか9か月でその生活を手放し、刺しゅうの世界へ飛び込んだのが田中優輝さん。
家賃7万円の四畳半、ミシン一台、口座残高2158円からの挑戦は、今ではインスタグラム約17万人の「北区の刺しゅう屋」として成長している。
そんな田中さんが退職を決めるきっかけとなった箱根旅と多忙な外銀時代に求めた「楽しさ」について、著書『東大卒、年収1100万をやめて刺しゅうをはじめたワケ』(世界文化社)から一部抜粋・再編集して紹介する。
同期5人そろった箱根旅
奇跡的に、同期5人がそろって休日がとれた、とある11月の土曜日。半年に一度あるかないかのその休日に、誰かが言いました。「箱根に行こうか」。全員、即決でした。金曜の深夜まで仕事をしていた5人が、翌朝、新宿駅のホームに立っていました。
箱根へ向かう途中、5人でスーパーに寄りました。カートを押しながら、誰かが「これ美味しそう」「それ多すぎじゃない」と言い合いながら、異様に長いレシートを掲げて、みんなで笑い転げる。おかしかったのは、レシートではありません。
この5人で、こういう時間が持てたことが、思いのほか楽しかったのです。スウェット姿で、誰の顔色も見ていない。外銀のフロアでは、一度もなかった時間。旅館に着いて、浴衣に着替えて、温泉に入る。夜は、5人で買ってきた食材を囲みました。
同期の一人の誕生日。誰かがケーキを持ち出してきて、本人の顔が笑顔でぐしゃっと崩れる。「え、マジ!?」と言ったきり、言葉が続かない。笑いが止まらない。9か月で一番、生きていた夜でした。
外銀時代の9か月で、誰かの顔がそんなふうに笑顔で崩れるのを、一度も見たことがない。喜びも疲れも全部飲み込んで、仕事をする場所は眉間にしわをよせて、神経をとがらせる場所、自分もそう思っていました。
その顔を見ながら、私は気づきました。誰かの笑顔を見てうれしくなる仕事がしたい。笑顔で顔が崩れるほど楽しい場所で、働きたいと。外銀では、毎日、億という金額が動いていました。けれど、そのお金が誰のものなのか、私には最後まで見えませんでした。
画面の向こうに誰がいるのかも、わからない。大きな数字を動かしても、自分の手は、何にも触れていない気がしていました。顔の見えるお金を、顔の見える人と動かす。その手触りを、私は一度だけ知っていました。大学4年のインターンです。

