物価高の中で迎えた夏休み。
家族で出かければ、交通費に食事代、施設の入場料と、何かとお金がかかる。「子供にさまざまな経験をさせたい」と思いながらも、夏休みの過ごし方に悩んだ家庭は多かったのではないか。
そうした中、東京都が中高生を対象に実施しているのが、職業体験を希望する中高生と企業・団体をマッチングする「TOKYO中高生職業体験サイト Job EX」だ。
大企業からスタートアップまで、幅広い業種の企業・団体が参加、さまざまな仕事を無料で体験できる。
中高生1人につき1年に1回参加でき、定員を超えた場合は抽選という仕組みだが、人気プログラムの最高倍率は11倍に達した。
中高生の声で始まった「自分で選ぶ」職業体験
この事業は、中高生の声をもとに始まったという。
東京都が中高生343人に、政策提案のテーマとして何を議論したいか聞いたところ、「将来のためになるリアルな体験活動の充実」が44.9%で1位となった。
東京都子供政策連携室の田中愛子室長は、こう話す。
「小学生には職業体験ができるテーマパークがあり、大学生になるとインターンシップがあります。一方で、中高生は職業体験の端境期です。高校や大学、文系か理系かなど、大事な選択をする時期なのに、実際の仕事を体験する機会が十分にありません」
学校の職業体験では、学校側が行き先を決めることもある。
「中高生からは、自分で体験する仕事を選びたいという声が上がりました。興味を持った仕事を、無料で気軽に体験してもらいたいと考えています。(今年度の夏休み期間に)都では82の企業・団体に協力いただき、800名を超える中高生を受け入れる予定です。」
突然の雨 急な変更で「リアルな職業体験」
東京・浅草にある日本最古の遊園地「浅草花やしき」では、中学1年生から高校2年生までの10人が、2日間にわたる職業体験に参加。その現場を取材した。
テーマは、「日本最古の遊園地『浅草花やしき』でおもてなし&アイディア提案~開園200周年を目指すには~」。アトラクション対応や園内アナウンス、広報業務などを体験し、花やしきの歴史を将来へつなぐためのアイデアを考える。

お化け屋敷を担当した医療関係とエンターテインメント関係の仕事に関心を持つ高校1年生の女子生徒は、
「(お化け屋敷内の掃除では)怖い感情が勝って、あまり見られなかったのですが、陰でこういう仕事をしているから成り立つのだと思いました。縁の下の力持ちだと感じました」
客として入る時には意識しなかった仕事を知り、遊園地への見方が変わったという。
エンターテインメント施設で働くことに関心がある高校2年生の女子生徒は、スタッフが乗り物を1台ずつ確認する様子に目を留めた。
「今までは乗って、楽しんで、降りるだけでした。スタッフさんが一台一台確認していて、こういう人たちがいるから安全に楽しめるのだと思いました」
客として楽しんできた遊園地を、働く側から見てみる。そこには、これまで意識していなかった多くの仕事があった。
園内アナウンスに挑戦した高校生の女子生徒は、突然の雨で、本番直前に原稿が差し替えられた。
「かんじゃったらどうしようって、めっちゃ怖かったです。でも、仕事では実際にあることだと思うので、頑張って対応しました」
突然の変更に対応する経験は、まさに「リアルな職業体験」となった。
ちょっとのミスは『かわいい』に変換 “JK流”仕事術
そして、Instagramに投稿する動画の撮影と編集では、中高生たちが次々と意見を出した。
「最初にインパクトがないと、すぐスクロールされちゃう」「逆さの方が面白いかも」
映像を確認しながら、効果やフィルター、音楽を選んでいく。撮影上のミスも、見せ方を変えれば面白さやかわいらしさに変わる。
その発想と作業の速さに、花やしきのスタッフも驚いた。
「アイデアがどんどん出てくる。ちょっとしたミスも『かわいい』に転換する。そのスピード感がすごいと思いました」
大人が仕事を教えるだけでなく、企業側も中高生の感覚に気づかされる場となっていた。
「将来を考え始める時期」もっとチャンスを
また、参加した生徒たちが職業体験に求めるものも、それぞれだ。
テーマパークのダンサーに憧れる一方、作家や記者、翻訳の仕事にも関心があるという高校1年生の女子生徒は、こう話した。
「やってみたい職業がたくさんあって、迷って不安になることもあります。体験したら、遊園地の仕事が自分に合っているか分かるかもしれないと思い、参加しました」
中高生向けの職業体験については、
「中高生は将来を考え始める時期です。夢を追うチャンスになるような機会が、もっと増えてほしいです」
と話した。
別の高校1年生の女子生徒は、「高校2年生、3年生になると受験勉強で必死になるので、高校1年生が絶好の機会だと思いました」と話し、将来の仕事に求めるものは、「ずっと続けられること」。そのために必要なことを聞くと、「自分がやりたいと思える仕事です」と答えた。
職業体験は、憧れていた仕事を実際に知り、自分に合っているかを考える機会になる。向いていると感じることもあれば、想像との違いに気づくこともある。どちらも、進路を考える上で大切な経験だ。
JK・JCから「自由に考える大切さ」を学ぶ
2日目には、「花やしきを開園200周年まで続けるために何が必要か」をテーマに、チームに分かれて企画を考えた。出された提案の一つが、園内で友達をつくるためのアプリだ。
花やしきは、ほかの遊園地に比べて園内を回りやすく、同じ人と何度もすれ違う。その特徴を生かし、園内で出会った人と「園友」になれるようにするというアイデアだった。
このほか、大人なら「学割」と表現するところを、「JK・JC割」とする提案や、学校帰りに利用できる「放課後フリーパス」、外国人観光客に対応するための多言語化などの案が出された。
株式会社花やしき営業推進部プロモーション課の穂積亜紀マネージャーは、職業体験を受け入れる意義をこう話す。
「花やしきは、子供たちに楽しんでもらうための施設です。だからこそ、これからの社会を担う若い世代の率直な意見を、今後の施設運営に生かしたいという思いがありました。普段は中高生から直接話を聞く機会が少ないため、リアルな声に触れられることには大きな意味があります」
そして、中高生のアイデアを聞き、大人側の発想の仕方にも気づかされたと話す。
「私たちは新しいアイデアを考える時、つい『実現するのは難しい』『予算がかかる』と、できない理由から考えてしまいがちです。ですが、中高生の皆さんは、そうした制約に縛られず、自由に意見を出してくれました。固定観念や思い込みが発想を妨げているのだと気づかされ、自由に考えることの大切さを教えてもらいました」
企業にとって職業体験は、中高生の目線から新たな発見を得る機会となる。さらに、早い段階で自社の仕事や魅力を知ってもらうことは、将来の採用活動にもつながる可能性もあるだろう。
AIの進化によって、学習や雇用を取り巻く環境は大きく変わりつつある。
「何のために学ぶのか」「どのような仕事に就きたいのか」。中高生がさまざまな職業に触れ、自分の将来を具体的に思い描くことは、自分の将来と、今の学びとのつながりに気づくきっかけにもなる。
共働きが当たり前となり、生活費や教育費などが高騰する中、子供の体験をそれぞれの家庭の負担だけに委ねれば、経験できることに差が生まれかねない。
家庭だけでなく、行政や企業、地域が協力し、子供たちの体験機会を増やしていく。
「社会で子供を育てる」という視点は、これからさらに重要になるのではないか。
しかし、東京都のように多様な選択肢を提供する取り組みを各学校で実現することは容易ではなく、今後どのように生徒が自ら職業体験先を選べる環境を広げていくかが課題となるだろう。

