終戦から81年。福井市内の博物館には、太平洋戦争で墜落した戦闘機のプロペラと部品が展示されている。埼玉県の水田に墜落したこの戦闘機に乗っていたのは、福井市出身の少年飛行兵だった。戦争の体験を語れる人が少なくなっているいま、その惨状を静かに伝える遺品を通して平和について考える。
22歳の少年飛行兵が乗った戦闘機がB29に突撃
福井市立郷土歴史博物館で開かれている、昭和100年を記念した特別展。会場でひときわ目を引くのが、太平洋戦争で墜落した戦闘機の残骸だ。プロペラの先端は、大きく折れ曲がっている。
「金属でできているが、恐らく墜落したときの衝撃で“アメ”のように曲がっている」(福井市立郷土歴史博物館・松村知也さん)
この戦闘機に乗っていたのは、16歳で陸軍の少年飛行兵に志願した福井市出身の少年飛行兵・平馬康雄さん。
終戦4カ月前の1945年4月7日、東京の空に編隊を組んで現れたアメリカ軍のB29爆撃機。その迎撃のため、22歳で出撃した平馬さん。
しかし、100機ともいわれる敵機の集中攻撃に遭い、埼玉県越谷市の水田に墜落した。
終戦から27年後、その戦闘機がの残がいが埼玉県で発見された。
昭和47年に現地の自衛隊の協力で発掘調査が行われ、平馬さんの遺骨とともに掘り起こされたのだ。
当時の新聞は、この発見を遺族の様子とともに、次のように伝えている。
<現場では、むすことの対面を待ちわびていた遺族が、27年ぶりの悲しい再会の涙にむせんでいた>
戦争の“語り部”減る中…歴史を伝える遺品
このプロペラは、5年ほど前までは東京の靖国神社に貸し出されていたため、福井で展示されるのは約30年ぶりとなる。
福井市立郷土歴史博物館・松村知也さんは「戦後しばらく経ち、遺族やいろんな方の思いが戦後も続いていた中で、実際に掘り出され“戦争のむごさ”が明らかになった。思いが詰まった資料」と話す。
終戦から81回目の夏、戦争の悲惨さや、その後の歴史を知る人は少なくなってきている。
博物館には、少年飛行兵の平馬康雄さんが身に着けていた操縦用の手袋や衣類の一部も、大切に保管されている。
松村さんは「“息遣い”が感じられるようなものが残っている。その時代を“自分事”として考えるための大きなきっかけになる資料」だとし、博物館で未来にわたって長く保存して「みなさんに見てもらうことが大きな使命だ」と述べる。
80年あまり前まで日本で起きていた、戦争。その事実は決して忘れてはいけない。プロペラや遺品はその惨状を、変わらず静かに伝え続けている。
戦後から時が経ち、戦争の悲惨さや平和の大切さを後世に伝えることに難しさを感じる時代に、変わらず語り続ける資料に、目と耳を傾ける姿勢は大切なのではないだろうと。

