林真理子さんというと、私の中では「貪欲」という言葉を体現している人だ。作家としてのキャリアの築き方も、プライベートも。欲しいものは欲しい。その本音に対して「そうだそうだ!」と大合唱したくなることもあれば、「そこまで赤裸々に…」と気づかぬふりをしたくなることもあり、林さんの作品と私の距離は時期によって密になったり遠くなったりしてきた。

しかし、2013年に刊行されたエッセイ『野心のすすめ』で一気に最接近した。私の同世代の友人が興奮気味に、貼りすぎ気味の付箋ですっかり分厚くなった本を見せながら「絶対読んでみて!励まされるから」と勧めてくれ、その迫力ですぐに買って読了した。清々しかった。「野心」というとなんだか聞こえはよくないかもしれない。が、一言でいうと「自分の幸せは自分で描いてつかめ」というメッセージであり、「ならば行動せよ」なのだ。

じっと待っていても今いる場所は変わらない。その場所が不満なら何かこれまでとは違った一歩を踏み出そう。林さんが自らの半生を振り返りながら綴る幸福論は、ご自身が精一杯背伸びをしながら、その景色を自分のものにするのにどれだけの努力を捧げたか惜しげなく披露されている。そう、林さんの貪欲さは待っていれば王子様が幸せにしてくれるのとは対極の、自らの努力に裏打ちされているのだ。

ちょうど林さんとのインタビューの直前に「菊池寛賞」と「ギネス記録樹立」のニュースが飛び込んできた。ギネスは「同一雑誌におけるエッセーの最多掲載回数」で、週刊誌に37年間に及ぶもの。現在も週刊誌4本の連載(しかもどれも長く続いている)に加え新作を出し続け、さらに最近は自著や他の作家のお気に入り作品を紹介するYoutubeまで始めたという。なぜ貪欲にチャレンジを続けるのか、インタビューはそこから始まった。

チヤホヤされなかったから今がある

佐々木恭子:
ダブル受賞おめでとうございます。ギネスは凄まじい記録ですよね。何かを始めるより続けることの方が難しく努力が必要だと思いますが…努力するコツってなんですか?

林真理子さん:
努力するコツ…なんだろうな。ちょうど今林真理子展をやっていて(注:11月23日まで)これまで書いた何百冊という本がずらっと並べられているんですけど、9割8分は売れてないんですよ(笑)。私たちの仕事はある意味練習しながら年を重ねていくわけで、その練習に付き合って読んでくださった方がいるから続けられたんですよね。次はもっと上手くなりたい、もっといいもの書きたいってそういう気持ちなんですよね。

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佐々木:
え?「もっと上手くなりたい」って今も思い続けていらっしゃるんですか?

林さん:
思いますよ。次こそ『鬼滅の刃』のような世の中の人が受け入れてくれる作品が書きたい、ベストセラーを出したいって。

佐々木:
その飽くなき原動力はどこから湧いてくるんですか?

林さん:
あまり褒められたことがないからじゃないですか。最初からすごいねとなんて言われていたら私ももっと手を緩めたんだと思うんですけど、最初は何を書いても認められなくて、直木賞を獲るまでの我慢だと思って頑張ったら、いざ受賞してみると「権威が地に堕ちた」とか「話題作りのためだ」とか散々なこと言われて。

佐々木:
もしもっとチヤホヤされたりモテていたりしたら、今はなかったですか?

林さん:
絶対ないですよ、私だってもっと楽に生きる方法を探してたんですけれどね、それはうまくいかなかった(笑)。勉強するのも嫌いだったしスポーツも習い事も何も続かなかったけど、作家として努力を持続することが嫌じゃないっていうのは天職なんだとは思います。

林さんのエッセイもそうなのだが、実際のインタビューもこちらを緊張させることなく和やかに進むのは、林さんの話はいつもご自身の失敗談が多めだからだ。若い頃、テレビにも出ていたけれど全て打ち切りにになった話。長い作家生活、ワンパターンに陥らないようミステリーに挑戦もしてみたけれど、こればかりは努力ではどうにもならないと悟った話。

ただ、“書くこと”に関してとなると長年第一線でやってこられた自負をきっぱりと述べられる。書いているうちにどんどん楽しくなって体が踊っていくような感覚がなければ職業作家にはなれないのだ、と。

本当に今の“ありのままのあなた”でいいの?

佐々木:
私は『野心のすすめ』が好きなのですが、それは今置かれた環境を少しでも変えたいと思うなら、あなた自身が変わって行動するしかないじゃないというメッセージが胸に響くんですよね。林さんご自身の中にそのお気持ちがずっと貫かれているのですか?

林さん:
そうなんです。だから私、現状に文句ばっかり言ってて努力しない人はキライなんです。「あなたはありのままでいい、生きているだけで素晴らしい」って最近惹かれる方が多いと思いますけど、それ本当?と思ってしまう。これを言うと冷たい人だとか指摘されますけど、でも101歳まで生きた母に「努力しないのは死んでるのと同じだ」って育てられましたからね。努力する人、特に女性に対してあの子ガツガツしてるねとかすぐに叩くけど、ガツガツして当たり前なんですよ。だって何かを成し遂げようと思うのに何の努力もなしで、というのは違うと思うから。

佐々木:
確かに早くから足るを知るといいますか、欲望自体が小さくなっているように思います。それは表現の世界にも影響すると思いますか?

林さん:
私は編集者たちに“最後の流行作家”って言われるんですが、それは別に本が売れているというわけじゃなくて、「ベストセラー出していい家建ててうまいもん食べるぞ!」みたいな欲があるのはどうも私が最後らしい(笑)。実際に若い作家さんがどんどん出てきて本当に驚くようないい作品を書くのですが、ほぼ3~4作で消えていっちゃう。エッセイ読んでも、ちょっと居酒屋で酒盛りしてランニングしてジム行ってシャワー浴びてパスタ作って食べる、そんなことばかり。欲望がない。この感じで日本が衰退して、若い国に追い抜かれていくのではと懸念しますね。

背伸びが人を成長させる

佐々木:
「もっともっと」と貪欲に生きてきた大人たちが、次の世代に何を見せてしまったのでしょう?モノや何かを所有することの欲は際限がなく幸せそうには見えないのでしょうか?

林さん:
疲れたところを見せすぎちゃったのかしら。でもね…

と言いかけて林さんは「昭和世代のおばちゃんの話なんて今の若い人には響かないと思うから普段あまり言わないんだけど」と一拍おいた後に出た言葉は、1時間のインタビューの中で最も熱がこもったものに聞こえた。

それは決して成功者の美談ではなく、かつて何者でもなかった山梨から上京してきた若かりしご自身を振り返りながらの、手厳しくも愛のある次世代へのメッセージでもある。

林さん:
何かをやろうと思えば、やっぱり頑張らないきゃいけないのよ。そうすると必ず風景は違ってくるんですよね。階段を上がった人にしか見えない世界がいっぱいある。その風景を若い人たちに見せたいなとは思う。

佐々木:
たとえばどんな景色を?

林さん:
招かれて行ったウィーンのオペラ座の舞踏会、直木賞の記者会見で自分のために100以上のメディアも集まってくれたこととか、あぁ、これを見るために頑張ってきたんだと思う瞬間がありますよ。出会う人たちも確実に変わります。確かにね、自分と同じような人、同レベルの人たちと喋って時に不満を言い合ったりするのも楽しいですよ。

楽しいですけど、私は背伸びをしないと人間成長しないって思っています。うんと背伸びして知の巨人のような方々にお目にかかって、自分がいかに無知で無教養かを思い知って打ちのめされるの。布団かぶって自分自身にバカバカバカと言いながら不貞寝したいくらいに。でもそこでハタと何かをやらなきゃ、学ばなきゃって思うことが、私は人にとってはすごくいい経験だと思っているんです。

【前編・了】

前編は、林さんの努力することへの揺るぎない信念を伺った。

真っ直ぐに「努力」の効用を説かれると、きっと何に向けて努力をすればいいかわからないとか、それができるのも恵まれた環境があるからだとか、いろいろ心がざわつくかもしれない。それくらい、努力し続けるのは言うは易し行うは難しでもあるから。

でも、話を聞いていて合点がいった。林さんが失敗談豊富に私たちに伝えてくれているのは、「私だからできた」のではなく、「私でもできた」という思いがあるからこそなのではないだろうか。

「努力しない人はキライ」という本音は冷たいわけでない。むしろ「あの人だからできた…」という嫉妬や自分への言い訳を封じるための、慈愛に満ちた喝だと受け止めたい。

後編は、尽きぬ野心と年の重ね方について。林さんの口から意外な!? 言葉が飛び出します。

【作家 林真理子】
1954年山梨県生まれ。コピーライターを経て作家活動を始め、1982年『ルンルンを買っておうちに帰ろう』がベストセラーに。
1986年『最終便に間に合えば』『京都まで』で第94回直木賞受賞、1995年『白蓮れんれん』で第8回柴田錬三郎賞、
1998年『みんなの秘密』で第32回吉川英治文学賞をそれぞれ受賞。
2018年NHK大河ドラマの原作となった『西郷どん!』や『愉楽にて』『綴る女 評伝・宮尾登美子』など著書多数。
2018年紫綬褒章受章。
2020年「同一雑誌におけるエッセイの最多掲載回数」によりギネス世界記録TMに認定。
2020年菊池寛賞を受賞。
2020年8月より公式YouTubeチャンネル「マリコ書房」を配信。
(https://www.youtube.com/channel/UCUUABmT1NxSBKcIA4pvfHJQ)  
現在「風と共に去りぬ」を超訳した『私はスカーレット』(小学館文庫)など執筆中。

【執筆:フジテレビ アナウンサー 佐々木恭子】