“花の都”と形容されるパリだが、実は道に落ちているゴミが目立つ街だ。なかでもよく目につくのが鏡。ベルサイユ宮殿を中心に歴史上重要な意味を持つ鏡を作品にし、フランスと日本を見つめる日本人女性アーティストを取材した。
パリでの「暗黙の了解」
パリに一度でも住んだことがある人はご存じだろう。その美しいイメージとは逆に、道にはたばこの吸い殻やゴミが目立つのもまたひとつの真実だ。

しかし、落ちているもののなかには、“別の意味”が込められているものもある。蚤の市が人気の観光地になっていることからも分かるように、パリ市民は古いものに価値を見出し、リサイクル精神が強い。従って、捨てられたものでも「誰でも自由に持っていって使ってください」といった意味が込められている場合があるのだ。

それらは「暗黙の了解」として市民の間で譲り合いの対象となっている。そのひとつが鏡だ。
ちなみに、パリ市は、ゴミ収集作業員の安全上の理由から路上に捨てられた鏡は収集しないことにしている。
“才能ある”クリエーター
こうして捨てられた鏡を拾い集め必要に応じてカットし、独自の技法で編み上げたニットと組み合わせた作品を創り出しているのが、パリ在住35年の日本人アーティスト原田江津子(はらだ えつこ)さんだ。

原田さんの実家は、祖母から3世代続く編み物一家。その影響で2歳から編み物を始め、その技術を用いて独自のジュエリーを創作している。パリで開催された国際見本市では40カ国のアーティストの中で「才能あるクリエーター賞」を受賞した実力の持ち主だ。

「TAMBOUR PARIS(タンブール パリ)」の代表として、パリのアトリエで創作活動にいそしんでいる。

なぜ鏡に目をつけたのか、来日中の原田さんに聞いた。
国の威信をかけた17世紀の“鏡戦争”
その理由のひとつは、鏡がフランスの歴史と切っても切り離せない存在だからだ。
太陽王ルイ14世統治下の17世紀、装飾品の側面も備えたガラスの鏡は、王族や貴族など上流階級しか持つことのできない高級品だった。製造技術をもつベネチア共和国からの輸入に頼っていたものの、財務大臣のコルベールが財政再建と産業育成のために自国での製造を図る。

当時のベネチア共和国で鏡の製造法は国家機密として厳しく守られていたが、フランスはいわゆる”スパイ活動”で職人を連れてくることに成功したのだ。ベネチア共和国による反撃などの紆余曲折や試行錯誤を経て技術を向上させフランス産の鏡だけで作り上げられたのが、あまりにも有名なベルサイユ宮殿の「鏡の間」である。

原田さんは、「歴史は本当に大事。鏡は文化。だから、やたらに捨てない」と話す。例えば路上に捨てられているような「なんの価値もないもの」を“何か”にしてしまう、それが創作活動の根底にあるという。

さらに、原田さんは鏡に“魔力”のようなものを感じているという。今では、あって当たり前の鏡。しかし、考えてみれば”自分を見る”という単純なことができるのは、鏡があってこそだ。
原田江津子さん:
自分を見ることができるのも大切。自分を見て、鏡によって自分を演出できる。どういう自分を作るのか。メイクアップするにも鏡が必要だし
自分を見て、世界を見直そうじゃないか
明日を少しでも良いものにするために、自分を見つめ直す。そんなメッセージを作品に込めている。
フランス・パリでの仕事
2023年1月以降、年金制度改革に抗議するためフランス全土で大規模なデモが行われている。フランスでは「毎週」と言っても過言でないほど、デモやストが必ずどこかで行われている。

フランスの人たちにとって、“主張する”ことやそれによって政治を変えることは、フランス革命に代表されるように、歴史であり文化である。その精神が日常生活にも定着していて、自己主張なしに生活していくことは難しい。フランスは「個人主義の国」と言われるが、良い側面もあれば“我(が)を通す”だけの悪い側面もあると感じる。

しかし、原田さんはパリ在住35年でありながら、こうしたフランスの姿を客観的かつ冷静に見ている。
原田さんは「フランスにいても我を通すことはない。それはフランスの悪いところだとも思います。欠点につながる、残念なことになる可能性がある」と話す。
原田江津子さん:
(人に)尽くしたいということと、我を通さないこと。仕事を通して1人でも笑顔になってくれたら!それしか考えていない。
原田さんは、モンゴルを訪問し、遊牧民の女性たちに編み物の技術を向上させるための指導を行ったほか、自分の作品を販売した売り上げの一部を、東日本大震災で親を失った人たちに寄付する活動も行っている。

彼女のバイタリティーと作品は、「尽くしたい」という気持ちから生まれているのだ。
日本の女性へのメッセージ
WEF=世界経済フォーラムが2022年7月に、各国における男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数を公表。日本は146カ国中116位だった(The Global Gender Gap Report 2022より)。先進国の中で最低レベルだ。

パリに住む原田さんは、日本の女性をどう見ているのか。
原田江津子さん:
(女性の)立場や権利はフランスのレベルには追いついていない。ただ、日本の女性も自由に生きていると思う。社会の中で、自分をアピールすることができていないだけ。変だと思われてもいじゃないですか。何かを変えようと思ったら(批判は)当然ついてくること。5年経って「やってよかったね」となるかは分からないが、自信を持ってやっていかないと(女性の立場は)少しずつしか向上しない。
2人の母親でもある原田さんは、家庭での“仕事”もきちんと分けている。クリエーションの一環として楽しんで料理に取り組む一方、掃除はパートナーが担当している。「それが家庭内のバランスであり、家族としてフォローし合うのが基本であり、そこに男女は関係ない」と話してくれた。

フランスに長く暮らし、その文化や歴史を深く理解して活躍してきた原田さんだからこそ、フランスと日本両方の良い面も悪い面も見えているようだ。岸田総理の秘書官が同性婚に対する差別的な発言で更迭されるなど家族やジェンダーをめぐる意識が改めて高まる中、「鏡」に映る日本社会の姿を見つめ直し、明日をより良くするために必要なことを考えたい。
(2023年2月9日「水犀」にてインタビュー)