前編は、林真理子さんの「背伸びして努力するからこそ」人生は切り拓かれるのだという極意を伺った。

よく聞くと、それは何もかも文句を言わずに歯を食いしばって頑張れという昭和の根性論とも違う。作家の仕事を「努力を持続することができるという意味では天職です」とおっしゃるように、好きだからこそ続けられたというシンプルな極意でもある。

そして(最も難しいことだと思われる)天職を見つけるためには、「体力のある若い頃はとにかく何でもやってみるといいと思う。その中で何を一番楽しく感じるかが大事ですよね」とも。

さて後編では、尽きぬ野心はそのままに、林さんのこれからについては意外な言葉も飛び出してきます。

日本の「多様性」は空々しく愛がない

佐々木恭子:
欲望が小さくなっている…ということに関して、日本社会への懸念はありますか?

林真理子さん:
そうですね。今、多様性が謳われる世の中でいろんな生き方があっていいんだよって言われますよね。それ自体はとても正しいことだと思うんです。でも日本における多様性って、私には空々しくって愛がないと思う。ちょうど(ウルグアイの『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』で知られる)ムヒカ元大統領が「人生を1人で生きるな。仲間を作れ。家族を作れ」とおっしゃっていて、古くさいかもしれないけど私は温かいメッセージだなと思った。

仲間を作ることからでも家族を作ることから始めてもいい。何か人生の大切な指標のようなものは示した上で、それぞれの生き方や価値観に敬意と理解を払う。でも、日本の多様性はみんな最初から好き勝手に生きていいって突き放しているように思える。

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佐々木:
何か規範のようなものが必要だということでしょうか?

林さん:
まさにそうなんです。一方で、ちょうどコロナ禍の自粛警察がニュースになっている時に、なんて嫌な世の中になっちゃったんだろうって感じたんですよね。みんなそれぞれと言いながら、右向け右と言われたらみんな右向いて、少しでも左を向いた人を一斉に叩く。これまで日本社会の柱に宗教の代わりに“世間様”があって、今はそれがSNSに代わって、自分とは違う価値観の人をこれでもかと非難する。こんなに怖い世の中になってしまったのかと思いましたよ。

確かに、多様性の価値が尊ばれる一方で、空気を乱すことを許さない同調圧力の強さはコロナ禍でより際立った。林さんがおっしゃる「空々しさ」の意味を私なりに考えると、多様性を重んじるならば自分とは違う立場の人への想像力や理解、共感とまではいかなくとも寛容な気持ちを持ち合えるはずだ、しかし、現状は自分のありのままの姿や自分にとっての正しさを受け入れてほしいばかりで、他人のありのままに不寛容だ、ということではないだろうか。

私にはまだ代表作がない

佐々木:
さて、林さんが今後“手に入れたいもの”はありますか?

林さん:
ありますよ。ひとつは代表作を書きたいということ。もうひとつは世界進出ですね。

佐々木:
えぇ?数々のベストセラーを出しながら、まだ代表作はないというご自身の認識なんですか?

林さん:
そうなんですよ。作家っていくら人気作家と呼ばれても、死ねば翌年から本屋さんから消えていく運命なんですね。今、本屋さんに作品が並ぶ女性作家は、向田邦子さんと山崎豊子さんくらい。私も死後20~30年は残る作品を1冊は書きたい。そして、あとはもっと世界に翻訳される作品を書きたいですよね。ノーベル賞の時にも絡んでくるような人になりたいなんて、あまりにも壮大な計画ですが(笑)アジアのみならず英語圏やイタリア語、フランス語圏でも訳されるように頑張りたいなと思ってますよ。

佐々木:
本当に飽くなき貪欲さ!!に脱帽です。年を重ねてハッピーに生きる心得はなんでしょうか?

この質問には当然、大きな欲望をいかに持ち続けるか、自分の居場所を大きくしていくか、といったような返答が返ってくると思っていた。しかし、林さんが話してくださったのは、老いることに対してもっと達観した折り合いの付け方だった。

「誇りをもって脇にいきなさい」

林さん:
それはね、今私の大きなテーマなんです。もう自分は若くないんだと覚悟を決めたら、いろんなことがわかってきます。まず、若い人たちに媚びる必要もないけれど、若い人たちにとって自分はもう旬じゃないってことを知らなきゃいけないんですよ。

林さん:
そして、どこかで読んでこれだ!と思ったのは「歳をとったら誇りをもって脇にいきなさい」。(注:ドイツの詩人、エーリッヒ・ケストナーの言葉「時が来たら、誇りをもって、わきへどけ」)今や私のモットーなんですよ。若い時にチヤホヤされていたのに歳をとってこんなはずじゃないと怒りをもって脇にいく人は多いけれど、もうそういうのやめませんか?って思っている。

佐々木:
今…とても胸に染みています。手帳にメモしたい言葉ですね。ただ、その“誇りをもって”というところが難しそうではありますが。

林さん:
だからこそ、誇りがもてるような蓄積が必要だとも思います。あなたはもういらないよって言われて退場するわけではなくて、私が誇りをもって横に行かせていただきますという気持ちをもっていればね、全然惨めじゃない。そして、若い人と一緒にご飯を食べる時はさっと伝票を持つんですよ。若い人にとって、ご飯を食べる相手としても自分は決して魅力がある存在ではないと知らなきゃいけないんですよ(笑)。

退場させられるのではなく自分の覚悟で脇に行く。林さんの目には、同世代の方々の過去に拘泥し、やり残した悔いを抱えながら生きる姿も映っている。誇りをもつには、「私は(次世代からも)尊敬を勝ち得ているはずだ」と思える自負もなくてはならないという。だからこそ、ご自身の表現者としての探求は貪欲に続けながら、次世代に対して愛を持って道を拓く。

林さんが8月末に開設したYouTubeを拝聴した。私が驚いたのは、他の作家の作品にこれでもかと賛辞を贈るところだ。この本の何がおもしろいのか、どこが唸らせるほどうまいのか、ついその本を手にとってみたくなる語り口。

山梨の本屋さんに生まれ、お母様が時に力仕事をする姿を横目にしながら、手当たり次第に本を読んで育ったという。「貧乏が辛いのはね、人生に積極的になれないことよ」とはお母様の言葉だ。人生は短い。生かされている間に、どんな人生を築いていきたいのか、そのためには今何が必要なのか。目の前の享楽より少し先の何かのために今を生きることを、林さんは選んでこられたのだと思う。

色紙を求められると、「読む喜び、書く歓び」と書き添えるのだそう。「私の人生はこの2つの車輪で回っているから」、と。1時間程のインタビューは、最近のテレビ事情やドラマの話などたくさんの他愛ないおしゃべりも楽しませていただいたが、本への愛に関してだけは、潔い端的さだった。50歳を目前にしてまだ誇りを抱ききれない私には、とても眩しかった。

そして、話は冒頭に戻る。目の前のことを渋々やるのか天職に変えるのか。その違いは、どんな風景を見たいのか、自分の本音にとことん正直になってみることからなのだと思う。

【作家 林真理子】
1954年山梨県生まれ。コピーライターを経て作家活動を始め、1982年『ルンルンを買っておうちに帰ろう』がベストセラーに。
1986年『最終便に間に合えば』『京都まで』で第94回直木賞受賞、1995年『白蓮れんれん』で第8回柴田錬三郎賞、
1998年『みんなの秘密』で第32回吉川英治文学賞をそれぞれ受賞。
2018年NHK大河ドラマの原作となった『西郷どん!』や『愉楽にて』『綴る女 評伝・宮尾登美子』など著書多数。
2018年紫綬褒章受章。
2020年「同一雑誌におけるエッセイの最多掲載回数」によりギネス世界記録TMに認定。
2020年菊池寛賞を受賞。
2020年8月より公式YouTubeチャンネル「マリコ書房」を配信。
(https://www.youtube.com/channel/UCUUABmT1NxSBKcIA4pvfHJQ)  
現在「風と共に去りぬ」を超訳した『私はスカーレット』(小学館文庫)など執筆中。

【執筆:フジテレビ アナウンサー 佐々木恭子】