100年以上前、ドイツの気象学者アルフレート・ベーゲナーは、アフリカと南米の海岸線がパズルのように一致することや、同じ化石が大西洋を挟んだ両大陸で見つかることなどから、「かつて大陸は一つであり、その後ゆっくりと分裂して移動した」という「大陸移動説」を提唱した。
しかし、決定的な弱点があった。「大陸を動かしている力は何なのか」。それを説明できなかったのである。そのため、この説は長い間、「奇抜な仮説」と見なされ続けた。
転機は1960年代だった。海底調査が進み、大西洋や太平洋などを走る中央海嶺では、地下から上昇したマグマによって新しい海底が生まれ、それが両側へ広がっていることが分かった。
地球の表面は「プレート」と呼ばれる巨大な岩盤に分かれている。新しい海底も大陸も同じプレートの一部であり、プレートが動くにつれて、その上にある大陸も一緒に移動する。これが、現在のプレートテクトニクス理論の中核をなす「海底拡大」である。大陸は海底とは別に単独で動いているのではない。新しく生まれて広がっていく海底とともに、巨大な「地球のコンベヤーベルト」に運ばれているのである。
ところが、その「新しい海底」が誕生する瞬間を、人類はこれまで直接観測したことがなかった。現象が起きるのは水深数千メートルの深海である。しかも海底の拡大速度は、長期的な平均では年間数センチにすぎない。理論としては分かっていても、その現場を捉えることは極めて難しかった。
世界で初めて捉えた海底誕生の瞬間
2024年、その不可能が偶然可能になった。フランスの海洋地球物理学者ジャン=イヴ・ロワイエ博士らの国際研究チームは、インド洋のオーストラリアプレートと南極プレートの境界にあたる南東インド洋海嶺に、15基からなる海底観測網を設置した。3年間にわたる観測を始めたばかりだった。
A sea-floor monitoring experiment observed oceanic crust being created between two tectonic plates — the first in situ measurement of this phenomenonhttps://t.co/kl0hqRHJwN
— nature (@Nature) July 9, 2026
ところが、設置からわずか2カ月後、その観測網の近くで地震群が発生した。研究チームは、水中マイクや水圧計、海底の距離を測る装置などを使い、地下のマグマが移動し、海底が陥没し、地殻が引き裂かれ、溶岩が噴出して新しい海底が形成される一連の過程を、世界で初めて現場で記録することに成功した。まるで噴火寸前の火山に、偶然カメラを向けていたような幸運だった。この研究を評価した別の海洋地球物理学者は、観測装置の設置からわずか2カ月後に現象が起きたことを、「まるで宝くじに当たったようなものだ」と驚いている。
Geophysicists have, for the first time, caught the ocean floor in the act of spreading apart at one of its seamshttps://t.co/M0ttOSXlYH
— nature (@Nature) July 8, 2026
そのデータは、研究者たち自身も驚く内容だった。この海域の海底は、長期的には年間約6.3センチの速度で広がっていると考えられている。だが今回、観測結果に最もよく合う変形モデルの一例では、約2.4メートルの水平拡大が起きたと推定された。年間6.3センチで計算すれば、約38年分に相当する。つまり、海底は毎年決まった幅だけ滑らかに広がっているのではなかった。何十年もかけてたまった変化が、地震群の発生後、わずか数日ほどの間に集中的に表れたのである。
さらに驚くべきことに、海底を区切る断層のずれのうち、地震として観測されたのは推定で約24%にすぎなかった。残る約76%は、強い揺れをほとんど起こさない「非地震性滑り」、いわば「静かな滑り」だったとみられている。
地震・噴火研究の新たな手がかり
私たちは「大陸は毎年少しずつ動いている」と考えがちだ。それは長期間の平均としては正しい。しかし実際の地球は、時計の針のように一定の速度で動いているわけではない。長い静寂のあと、数十年分の変化を短期間にまとめて起こすことがある。今回、人類はその動き方を初めて詳細なデータで捉えたのである。
南東インド洋海嶺は、豪州と南極大陸の間をほぼ東西方向に延びる(写真:アフロ)
今回の成果は、地球物理学の教科書を書き換えるものではない。プレートテクトニクス理論そのものは、すでに半世紀以上前に確立されている。しかし、それを初めて「目撃」した意味は極めて大きい。今回得られたデータによって、マグマがどのように地下を移動し、断層を動かし、地震や海底噴火を引き起こすのかを再現するシミュレーションは、より精密になると期待されている。
すぐに地震や噴火を予知できるという話ではないが、それでも、地震や火山活動がどのように始まるのかという理解を深めることは、将来の予測モデルや危険度評価、防災技術を高度化するための基礎になるだろう。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

