アメリカの首都ワシントンD.C.の民主党市長予備選で、アメリカ民主社会主義者(DSA)所属のジェニース・ルイス・ジョージ市議が勝利した。
民主党が圧倒的に強いワシントンでは、予備選の勝利は事実上の当選を意味する。2027年1月、米国の首都には史上初の「民主社会主義者市長」が誕生する見通しだが、ニューヨークのゾーラン・マムダニ市長、シアトルのケイテイ・ウィルソン市長に次いで首都にDSAの市長が選出される意味は大きい。
と言っても、ワシントン市民が突然社会主義に目覚めたわけではない。ルイス・ジョージ氏が訴えたのは革命ではなく生活だった。
住宅価格の高騰。保育費の負担。生活費の上昇。彼女は5年間で7万2000戸の住宅建設を公約し、保育費負担の大幅軽減を掲げた。有権者が求めていたのはマルクスではなく家賃の引き下げであり、階級闘争ではなく保育園だったのである。
“大統領の言動”が予備選に影響
しかし、それだけでは今回の勝利を説明できない。
選挙戦にはもう一人、影の候補者がいた。 「トランプ氏を敵視する対抗馬が、ワシントンD.C.の民主党による市長選予備選で選出された」(ブルームバーグ通信)と言っても、トランプ大統領が立候補していたわけではない。
大統領の言動がこの予備選に大きな影響を与えていたのだ。
その象徴的な出来事が予備選終盤に起きた。
ポトマック川河畔のジョン・F・ケネディ舞台芸術センターでは、作業員たちが建物の外壁から文字を削り取っていた。削られていたのは傷んだ看板ではなく、「Donald J. Trump and」という文字だった。
トランプ大統領は二期目就任後、ケネディセンターの理事会を側近で固め、自ら理事長に就任した。そして施設名に自らの名前を加えることを決めた。しかし民主党議員らが提訴し、連邦地裁は「名称変更の権限は議会にしかない」と判断した。こうしてトランプ氏の名前は再び外されることになった。
法的には施設名称をめぐる争いにすぎない。しかし、多くのワシントン市民にとって、あの工事は単なる看板直し以上の意味を持ったのではないだろうか。
首都を自らのブランドで彩ろうとするトランプ時代への違和感である。
「ワシントンはトランプ個人の街ではない」市民の選択
トランプ氏は選挙期間中、ルイス・ジョージ氏が市長になれば、「ワシントンを取り戻すかもしれない」と発言した。
ワシントンD.C.は州ではない。連邦直轄区であり、議会や大統領は今でも首都に対して特別な権限を持っている。しかし1973年に自治権が認められて以来、市民は自らの市長を選び、市政を運営してきた。そのワシントン市民にとって、「ワシントンを取り戻す」という言葉は決して穏やかには響かない。
「トランプがあなたを嫌うなら、私はあなたに投票する」
ニューヨーク・タイムズ紙は、ルイス・ジョージ氏にこう言って支持を表明した有権者がいたと伝えたが、この言葉は今回の選挙を象徴している。
ケネディセンターの壁面からトランプ氏の名前が削り取られた週に、首都ワシントンは民主社会主義者を選んだ。この二つの出来事は、同じ空気の中で起きたようにも見える。「ワシントンはトランプ個人の街ではない」という空気である。
今回、ワシントン市民が選んだのは、自分たちの街を自分たちで決める権利だった。その結果として、米国史上初めて首都に民主社会主義者の市長が誕生しようとしているのである。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

