かつて彼は、ノルウェー王室の“愛すべき象徴”だった。

金髪に澄んだ青い瞳。母メッテ・マリット皇太子妃に手を引かれ、王室行事に姿を見せる幼い少年を、ノルウェー国民は「リトル・マリウス」と呼び、温かいまなざしで見守ってきた。

メッテ=マリット皇太子妃と長男マリウス・ボルグ・ホイビー被告(2006年)
メッテ=マリット皇太子妃と長男マリウス・ボルグ・ホイビー被告(2006年)
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王位継承権はない。それでも、シングルマザーだった女性が皇太子妃となり、その息子も家族として受け入れられた姿は、ノルウェーの開かれた君主制を象徴していた。

王室危機を長引かせる控訴

だが、その少年の物語はいま、まったく別の意味を帯びている。

皇太子妃の長男、マリウス・ボルグ・ホイビー被告は、性犯罪や元交際相手への暴力など34件で禁錮4年の実刑判決を受けた。

中央左がマリウス被告 2022年撮影
中央左がマリウス被告 2022年撮影

判決後、マリウス被告は無罪を主張して控訴。一方、検察側も量刑が軽すぎるとして控訴した。

マリウス・ボルグ・ホイビー被告(29)
マリウス・ボルグ・ホイビー被告(29)

ノルウェー国営放送NRKの王室記者クリスティ・マリー・スクレーデ氏は、控訴について「王室にとっての危機を長引かせる」と見る。判決で一つの区切りがつくはずだった問題は、2027年以降も続く。

しかも、その判決とほぼ同じ時期、王室はもう一つの危機に直面していた。

マリウス被告を抱いて国民の前に登場したメッテ=マリット妃(2001年)
マリウス被告を抱いて国民の前に登場したメッテ=マリット妃(2001年)

母メッテ・マリット皇太子妃の命に関わる問題である。皇太子妃は深刻な肺疾患により、肺移植を受けた。

スクレーデ氏は、皇太子妃について「本当に命の危機にあった」と語る。

ホーコン皇太子は皇太子妃の容体悪化を受けて訪日日程を短縮して帰国した
ホーコン皇太子は皇太子妃の容体悪化を受けて訪日日程を短縮して帰国した

事態の深刻さを示すように、当時日本を訪れていたホーコン皇太子は予定を切り上げ、帰国を早めた。

メッテ・マリット皇太子妃
メッテ・マリット皇太子妃

ノルウェー国内では、マリウス被告の裁判以上に、彼女の容体が大きな関心を集めた。

母は生死の境に立ち、息子は有罪判決を受けた。王室にとって、これほど過酷な時間はなかっただろう。

「ノルウェーで最も嫌われている男」

裁判で明らかになったのは、単なる王室スキャンダルではない。そこには、薬物やアルコールを伴うパーティー生活、荒れた人間関係、激しい性生活、そして互いを傷つけ合う20代の若者たちとマリウス被告の姿があった。

マリウス被告本人も、自らの人生について語った。王室の中で育ちながら、王子ではない。
家族の一員でありながら、公的な役割はない。それでもメディアの視線だけは、幼いころから絶えず注がれてきた。

ホーコン皇太子一家 右端がマリウス被告 2015年撮影
ホーコン皇太子一家 右端がマリウス被告 2015年撮影

報道の重圧、自分の立場への葛藤、そして「母の息子」であること以外に自分は何者なのかという問い。そうしたものが、彼の人生に影を落としてきた。

マリウス被告は、自分を「ノルウェーで最も嫌われている男」「王国で最悪の人間のように感じる」と語ったという。

マリウス・ボルグ・ホイビー被告
マリウス・ボルグ・ホイビー被告

かつて、ノルウェー社会の寛容さと、現代的な王室のあり方を示す存在だったマリウス被告について、いま人々はどうみているのか。

スクレーデ氏は「私たちは彼の人生について、彼自身について、より多くを知っています。私は彼を、成長過程で問題を抱えた若い男性の象徴だと思います。多くの若者は成長する中で問題を抱えます。そして自分の道を見つけられないと、こうしたことになり得るのです。私は、彼がそれ以外の何かの象徴だとは思いません」と語る。

拘留中も闘病中も、訪ね続けた母と息子

裁判でどれほど深刻な証言が語られ、有罪判決が下されても、王室一家が彼に背を向けることはない――スクレーデ氏は、そう見ている。

裁判を取材したノルウェー国営放送のスクレーデ記者
裁判を取材したノルウェー国営放送のスクレーデ記者

その言葉に現実味を与える場面が、裁判の裏側であった。母メッテ・マリット皇太子妃とマリウス被告の面会である。

2011年撮影
2011年撮影

マリウス被告が拘留されていた間、皇太子妃はほぼ毎週1回、彼に会うため刑務所を訪れていたという。

さらに驚かされるのは、皇太子妃自身が命に関わる病状にあった時期のことだ。肺移植を受ける前、彼女の容体は極めて深刻だった。

2018年撮影
2018年撮影

その母に会うため、今度はマリウス被告が警察や刑務所関係者に付き添われ、病院や王室公邸を訪れていたという。

ノルウェー王室を襲った二つの危機は、華やかな君主制の奥にある、家族の痛みと責任を浮かび上がらせている。王室とは、完璧な人々の集まりではない。国民の前に立ち続ける一つの家族であり、その姿は時に、社会の矛盾や若者の孤独も映し出す。

二つの危機が重なったいま、ノルウェー王室は、家族として、そして公的存在として、その姿勢が改めて問われている。

【執筆:FNNロンドン支局長 髙島泰明】

髙島 泰明
髙島 泰明

FNNロンドン支局長
09年から警視庁、神奈川県警、厚生労働省、宮内庁を担当
東日本大震災では故郷・福島で放射能汚染や津波被害の取材に奔走
「めざましテレビ」から夜のニュース、選挙特番などでデスク、プロデューサーなどを経験
平昌・パリ五輪で現地取材、イット!「極ネタ!」演出も務める
愛犬家で「人と犬の幸せを育む」記事を書くことも大きなテーマ