1993年10月28日、カタール・ドーハ。勝てば初のワールドカップ出場が決まるサッカー日本代表は、アジア最終予選のイラク戦で終了間際に同点ゴールを許し、2-2で引き分けた。目の前にあった1994年アメリカ大会への切符はこぼれ落ち、この一戦は「ドーハの悲劇」として日本サッカー史に刻まれた。
その時、日本代表を率いていたのが、オランダ出身のハンス・オフト氏だった。そして、ピッチ上で悲劇の瞬間を経験した選手の一人が、現在の日本代表監督、森保一氏だった。
監督・オフトと、選手・森保。33年前、2人が届かなかったアメリカで、今度は森保監督率いる日本代表が世界と戦う。
FIFAワールドカップ2026で、日本は過去4度跳ね返されてきたベスト8の壁を越え、さらにその先の優勝を目標に掲げる。しかも、グループステージ初戦の舞台はテキサス州ダラス、相手はオフト氏の母国オランダだ。
「ドーハが私たちの天井だった」オフト氏が語る現在地
「(今大会の日本代表は)良い選手たちです。三笘のように、いない選手がいるのはどの国も同じ。グループも良い。ただ、どこまで仕上がっているかは分かりません。遠藤はどうなのか。大きなけがから戻ってきて、試合勘がもうあるのかどうか。いくつか疑問はあります」

5月下旬に行ったオンライン取材で、ドーハの記憶についてオフト氏は「今でもはっきり覚えています」と語る。当時の日本は1992年にアジア王者となり、成長の途上にあった。しかし、世界の舞台へ踏み出すには、まだ足りなかったという。
「進歩することと、準備ができていることは大きく違います。進歩はしていましたが、時には天井があります。ドーハではそれが私たちの天井でした」
その天井を押し上げた一つが、1993年に開幕したJリーグだったとオフト氏は見る。外国人選手や異なる文化が入り、若い日本人選手が国際的な経験を持つ選手たちと日常的にプレーできるようになった。日本は1998年フランス大会でW杯初出場を果たし、現在では多くの代表選手がヨーロッパのトップリーグで戦うまでになった。
18歳の森保に見た「プロフェッショナル」
それでも、日本はまだW杯ベスト8に届いていない。決勝トーナメントで壁を越えるために必要なものは何か。オフト氏は、技術や戦術以上に、目標への向き合い方を挙げる。
「次のラウンドに進んだ瞬間、ある種の満足感が生まれます。『目標を達成した』と思ってしまい、そこで負ける。だから、目標を非常に高く設定することが、満足感を取り除くために必要なのかもしれません」
優勝を本気で狙えるのか、と問うと答えは明快だった。
「挑戦しなければなりません。到達することとは別です。挑戦しなければいけない」
一方で、世界の頂点を争ってきた強豪国と日本との差については、一言で答えた。
「経験です」
その経験を積み重ねてきた日本を今率いるのが、かつてオフト氏の教え子だった森保監督である。
2人が初めて出会ったのは1987年。森保監督はまだ18歳で、「とても小さく、細く、まだパワーはなかった」。それでも、オフト氏の目には特別な選手に映っていた。
「トップに到達したいという強い意欲がありました。仕事に集中していました。彼の姿勢は、18歳の時点ですでにプロフェッショナルでした」
その青年は、オフト氏とともにドーハの痛みを味わい、今や日本を世界一へ導こうとする指揮官となった。オフト氏は、森保監督の最大の強みを「決断力」だと言う。
「彼は自分自身のビジョンを持っていて、そのビジョンを貫きます。それはとても純粋なものです。もし倒れるとしても、侍のように、自分のビジョンとともに倒れる。ジャーナリストや友人、家族のビジョンではなく、自分自身のビジョンです。自分のビジョンに従う。それが彼です」
現在も2人は連絡を取り合っている。取材の3日前にもメールを交わし、オフト氏は森保監督に大会での幸運を祈る言葉を送ったという。
母国オランダと、教え子が率いる日本が初戦で対峙する。どちらに勝ってほしいかと聞くと、オフト氏はこう答えた。
「日本とオランダの両方に2次ラウンドへ進んでほしい。それが見たいです。もちろん選ぶなら、自分の選手たちを見たい。つまり森保と彼のスタッフです。日本ですね」
「スターはチーム全体であってほしい」
日本代表のスター選手は誰になるのか。返ってきた答えは、特定の選手の名前ではなかった。
「誰でもないことを願っています。チーム全体であってほしいです」
33年前、オフト氏と森保監督は、アメリカへの道を目前で閉ざされた。だが、その悔しさを越えて、日本は世界に挑み続けてきた。今度は監督となった森保氏と選手たちが、アメリカで新たな歴史を切り開こうとしている。
最後に、オフト氏は教え子へ、そしてチームへ言葉を送った。
「森保、ベストを尽くしてください。自分自身でいてください。冷静でいれば、すべてうまくいきます」
「チームへ。最初から最後まで一つのユニットであること。一つのグループ、一つのビジョン、一つの道です」
(FNNロンドン支局長 髙島泰明)
