「ガイアが熱を出した(Gaia's Got a Fever)」。
ガイア仮説を提唱したイギリスの科学者ジェームズ・ラブロック(1919-2022)は、晩年、そんな印象的なタイトルのエッセーを書いた。昨今の世界的な酷暑の中でその文書は改めて注目を集め、近刊の米の隔月刊科学誌「ノーチラス」にも再掲された。
2026年、世界はかつてない熱波に覆われている。ヨーロッパでは40℃を超える猛暑が相次ぎ、日本でも命に関わる暑さが日常となりつつある。世界保健機関(WHO)は今年、「これは未来の夏へのリハーサルだ」と警告し、熱波は今後、より頻繁に、より強く、より長く続くようになると指摘した。「今年は異常だった」で済ませられる話ではないのかもしれない。
「地球も年老いている」
ラブロックは1970年代、「ガイア仮説」を提唱したことで知られる。ガイアとはギリシャ神話の大地の女神である。彼は、大気や海洋、生物、岩石が互いに影響し合いながら、まるで一つの生命体のように地球環境を維持していると考えた。
今日の地球科学は、地球そのものに意思があるとは考えていない。しかし、大気や海洋、生態系が相互に作用し、一つの「地球システム」を形成しているという考え方は、現在の地球システム科学にも受け継がれている。
若いころのラブロックは、ガイアには強力な自己調節能力があり、人類が環境を破壊しても、地球はやがて均衡を取り戻すと考えていた。ところが晩年になると、その考えを修正する。
「地球も私と同じように年老いている」
103歳まで長寿した彼は、99歳になった時、自らの老いを地球に重ね合わせた。若い身体は病気や事故から立ち直ることができる。しかし、高齢になると回復力は衰え、熱にも弱くなる。地球も46億年という歳月を経て、かつてほどの回復力を失いつつあるのではないか――。だから彼は、「生命にとって最大の脅威は過熱(overheating)である」と警告し、「私たちは地球をできるだけ冷やさなければならない」と訴えたのである。
この発想は、人間の身体に置き換えると分かりやすい。熱が出れば、私たちは「病気になった」と思う。しかし発熱そのものは、体内で異変が起き、それに対して身体が反応している証拠でもある。
地球システムからの危険信号
では、世界各地を襲う熱波も、地球という巨大なシステムが発する「発熱」と考えることはできないだろうか。
もちろん、地球に意思があって熱を出しているわけではない。だが、人類が大量の温室効果ガスを排出し、地球のエネルギー収支を変えてしまった結果、大気や海洋、生態系を含む地球システム全体が新たな均衡へ向かう過程で、熱波や豪雨、巨大台風といった極端現象が増えていると考えることはできる。
ラブロックは、その均衡を保つ力そのものが弱まり始めていることを恐れていた。だからこそ、「ガイアが熱を出した」という一言には、「地球が壊れた」という意味ではなく、「地球システムが危険信号を発している」という警告が込められていたのである。
私たちは、いつまで今年の暑さを「異常」と呼び続けることができるのだろうか。WHOが警告するように、熱波がこれからさらに頻繁に、さらに強く、さらに長く続くのだとすれば、それは「異常気象」ではなく、地球の新しい気候なのかもしれない。
地球は熱中症になったのではない。熱を出した地球に、人類が適応を迫られる時代が始まったのである。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

