ホワイトハウスは8月、2017年にFBI(連邦捜査局)が作成した機密文書を新たに公開した。公開されたのは、コードネーム「Oxferd Comma」と呼ばれる防諜事件の捜査開始文書や終了通知などである。その冒頭には、就任からわずか4カ月のドナルド・トランプ大統領について、こう記されていた。
「FBI対諜報部の副部長の指示により、法務顧問室と協議した結果、FBIは、ドナルド・J・トランプ大統領が、故意か過失かを問わず、ロシア連邦政府のために、あるいはその代理として、連邦法違反を構成しうる活動に関与している、あるいは関与していた可能性を合理的に示唆する、明確に説明可能な事実的根拠に基づき、本格的な捜査を開始することとした」
もちろん、FBIがトランプ氏を「ロシアのスパイ」と断定したわけではない。しかし、この一文が示しているのは、現職のアメリカ大統領を、外国勢力の利益のために活動している可能性がある人物として正式な防諜事件に登録し、捜査を開始したという事実である。
“劇的な始まり”と対照的な終結
捜査のきっかけは、トランプ氏によるFBI長官ジェームズ・コミーの解任だった。FBIは、その解任がロシア疑惑の捜査を妨害する目的ではなかったかとの疑いから、防諜捜査と司法妨害捜査を同時に開始した。この捜査はその後、ロバート・モラー特別検察官の任命へと発展し、約2年に及ぶ「ロシア疑惑」捜査へとつながっていく。
しかし、その結末は周知の通りである。モラー特別検察官は、トランプ陣営とロシア政府との共謀を立証する証拠を見いだせなかった。その後のデュラム特別検察官報告書は、FBIが当初の捜査を開始した判断にも疑問を投げかけている。
興味深いのは、今回公開された文書の「終わり方」である。捜査開始文書には、「ロシア政府のために活動している可能性がある」とまで記されていたのに対し、終了通知は驚くほど簡潔だ。モラー特別検察官の最終報告書提出を受け、事件を終了するという事務的な記載があるだけで、「疑惑は誤りだった」とも、「疑惑は正しかった」とも書かれていない。始まりの劇的さと終わりの静けさ。その落差が、この事件の複雑さを物語っている。
公開文書には、なお、多くの黒塗り部分も残されている。情報源や捜査手法など、防諜事件として秘匿された部分が少なくないため、今回の機密解除だけで当時のFBIの判断をすべて検証することはできない。とりわけ、「何を決定的な根拠として現職大統領への防諜捜査開始を決断したのか」という判断過程は、なお完全には見えてこない。
NEW ➡️ Newly declassified memos show the FBI opened a criminal probe specifically targeting Donald Trump in May 2017 even though the bureau’s own evidence overwhelmingly showed at the time there was NO COLLUSION with the Kremlin.
— The White House (@WhiteHouse) August 5, 2026
Read the memos: https://t.co/aNyNlrgZTf pic.twitter.com/j675iTqDYb
それでも、この文書が歴史的な意味を持つことは間違いない。これまでモラー報告書やデュラム報告書によってロシア疑惑の経緯はかなり明らかにされてきたが、FBIが現職大統領を「ロシア政府のために活動している可能性がある」として正式な防諜事件に登録したことを示す内部文書は、今回初めて公開されたからである。
中間選挙目前の時期に機密解除
だからこそ、新たな疑問も生まれる。なぜ、この文書は7年間も公開されなかったのか。
モラー特別検察官の報告書は2019年に公表され、デュラム特別検察官の検証も2023年に終わっている。それでも、この防諜事件の開始文書だけは今日まで伏せられてきた。さらに言えば、なぜ中間選挙を目前に控えたこの時期に機密解除されたのかという疑問も残る。

ホワイトハウスは「政府の透明性」を理由に挙げる。しかし、この公開は単なる歴史資料の開示ではないだろう。第1次トランプ政権は発足当初から不当な捜査によって妨害されてきた――トランプ氏が長年主張してきたその見方を、改めて有権者に印象づける政治的効果を持つことは否定できない。
歴史を記録する文書は、それ自体は過去の出来事である。しかし、その文書がいつ、誰によって、どのような政治状況の中で公開されるのかは、しばしば現在の政治そのものを映し出す。今回の機密解除は、2017年のFBIだけでなく、2026年のアメリカ政治についても、多くを物語っているのである。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

