10年で繰り返された熊本地震。その間にも日本では大きな地震が相次ぎ、「地震を事前に知ることはできないのか」という願いは一層強くなっている。生成AIが目覚ましい進歩を遂げる中、「AIなら地震予知も可能になるのではないか」という期待を抱く人も少なくない。
そんな期待に応えようとする研究が、米国の政府系研究機関で始まっている。
断層の滑りをリアルタイムで追跡
研究を主導しているのは、米エネルギー省(DOE)のロスアラモス国立研究所だ。原子爆弾開発で知られる研究所だが、現在では地球科学やAI研究でも世界をリードする存在である。
DOEは、この成果を一般向けに紹介する公式広報記事「Science Highlights(研究ハイライト)」で、次のような見出しを掲げた。
Can AI Anticipate Earthquakes?(AIは地震を予測できるのか?)
副題はさらに興味深い。
Automatic speech recognition predicts earthquake fault displacement.(音声認識AIが地震断層のずれを予測)
研究チームが利用したのは、Meta社が人間の音声を認識するために開発したAI基盤モデル「Wav2Vec 2.0」である。
研究対象となったのは、2018年にハワイ・キラウエア火山で起きたカルデラ崩壊だ。地下のマグマだまりが崩壊したことで断層が滑り、約3カ月にわたって地震活動が続いた。この膨大な地震データをAIに学習させたのである。
研究チームはまず、実験室で人工的に断層を滑らせた際に得られる音響データや数値シミュレーションでAIを訓練し、その学習成果を実際の地震データに応用した。その結果、AIは人間には雑音にしか見えなかった微細な変化を読み取り、断層の滑りをリアルタイムで追跡できることを示した。つまり、断層は滑り始める前から、何らかの「信号」を発していたのである。
もちろん、これはAIが地震そのものを予知したことを意味しない。今回の成果は、特殊な火山活動に伴う断層運動を対象にしたものであり、そのまま内陸直下型地震や南海トラフ巨大地震に適用できるわけでもない。
それでも、この成果は地震学に新しい視点をもたらした。これまで人間には雑音にしか見えなかった信号の中から、AIが意味のあるパターンを見つけ出せる可能性を示したからである。研究チームも、この技術が将来、地震監視能力を高め、地域社会の安全性向上につながることを期待している。
AIが見つける見えない前兆
この研究をAI半導体最大手のNVIDIAは、実に印象的なタイトルで紹介した。
「When the Earth Talks, AI Listens(地球が語れば、AIは耳を傾ける)」
地震学は長い間、「地震は突然起きるもの」という前提で発展してきた。プレートにひずみが蓄積し、いつか大地震が起きることは分かっても、「いつ」「どこで」「どの規模で」という問いに答えることは極めて難しかった。だが、もし地球が地震の前に何らかの情報を発しており、それをAIが聴き取れるようになるなら、話は変わってくる。
実際、この考え方はロスアラモスだけではない。米テキサス大学オースティン校の研究チームも、AIによって地震前に現れる統計的な変化を分析し、地震発生を高い確率で予測したと報告している。手法は異なるものの、「人間には見えない前兆をAIが見つける」という発想は共通している。
もちろん課題は残る。AIは優れたパターン認識能力を持つ一方、学習したデータとは異なる現象にどこまで対応できるかは、まだ十分に分かっていない。今回の研究も、地震予知を実現したわけではない。それでも、この研究が投げかけた問いは小さくない。
もしかすると、地球はずっと前から何かを語っていたのではないか。私たちが、それを聞き取る術を持っていなかっただけなのかもしれない。
AIは万能ではない。しかし、人間には聞こえなかった「地球の言葉」を学び始めたことは確かである。もし、その言葉を正確に理解できる日が来るなら、人類は「地震は予知できない」という長年の常識を書き換える転換点に立つことになるのかもしれない。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

