「『見知らぬ男性と3分間ハグ(抱き合う)』をはじめてから90秒ほどたったころ、私は『このまま独りで人生を終えるのも、それほど悪くないのかもしれない』と思い始めていた」

米誌『The Atlantic』電子版最新号の特集記事は、体験取材をした31歳の女性記者のこんな衝撃的な一文から始まる。

The FeelsのHPより
The FeelsのHPより
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記者が参加したのは、ニューヨーク・マンハッタンのロフトで開かれた独身者向けイベント「The Feels」だった。キャンドルが灯る会場で、参加者はスマートフォンをしまい込み、見知らぬ相手と見つめ合い、ハグし、互いの胸に手を当てて鼓動を感じる。マッチングアプリが生み出した「画面越しの恋愛」とは正反対の、身体感覚を取り戻そうという試みである。

ところが、イベントを終えた記者の胸に残ったのは恋愛への高揚感ではなく、「独りでもいいのではないか」という諦めにも似た感情だった。

独身者の約7割「ほとんど、あるいは全くデートをしない」

この一人の記者の体験は、いまアメリカ社会で静かに進む異変を象徴している。同誌はそれを「The Great Romance Slump(ロマンス大不況)」と名付けた。

「The Atlantic」の記事
「The Atlantic」の記事

40歳未満の独身者の42%は「真剣な交際を一度も経験したことがない」と答え、独身者の約7割は「ほとんど、あるいは全くデートをしない」と回答した。結婚や同棲をする若者は減り、性生活もこの20年余りで大きく減少している。

若者は恋愛を嫌いになったわけではない。多くは今なお「生涯を共にするパートナーが欲しい」と答えている。それでも恋愛は始まらない。恋愛は人生の中心から、少しずつ後退し始めているのである。

映画からも「ロマンス」激減

この変化は、映画にも表れていた。

昔のハリウッドは恋愛映画の宝庫だった。『ノッティングヒルの恋人』、『プリティ・ウーマン』、『ユー・ガット・メール』……。恋愛はアクションやSFと並ぶ映画の王道ジャンルだった。

ところが、いまハリウッドから恋愛映画が静かに姿を消し始めている。

ハリウッドでも恋愛映画は全体の8.6%にまで激減
ハリウッドでも恋愛映画は全体の8.6%にまで激減

映画研究家スティーブン・フォローズが1万7000本を超える映画を分析したところ、2000年には全作品の34.8%を占めていたロマンス映画は、現在では8.6%まで激減していた。しかも減っているのは恋愛映画だけではない。恋愛が物語の中心や重要なサブプロットとなる作品そのものが少なくなっているという。

スクリーンからロマンスが消え始めたのは、社会からロマンスが薄れ始めたことの表れなのかもしれない。

「ロマンス不況」3つの要因

では、なぜ「ロマンス不況」は起きたのか。

第一は、出会いが変わったことである。

世界的に普及するマッチングアプリ(写真:ゲッティ)
世界的に普及するマッチングアプリ(写真:ゲッティ)

マッチングアプリは出会いを爆発的に増やした。しかし同時に、「もっと良い相手がいるかもしれない」という終わりのない選択肢も生み出した。リモートワークも広がり、人と自然に出会う機会はむしろ減っている。

第二は、恋愛のコストが上がったことである。

住宅価格は高騰し、物価は上がり、雇用は不安定になった。結婚は「二人で生活を築く出発点」ではなく、「経済的に安定した人がようやく目指せるゴール」になりつつある。

第三は、恋愛の条件が変わったことである。

女性の社会進出によって、結婚は生きるための必須条件ではなくなった。一方で男女とも相手に求める条件は高くなり、「この人でなければ」という思いが恋愛のハードルを押し上げている。

つまり、人々が恋愛を望まなくなったのではない。出会いが変わり、恋愛のコストが上がり、恋愛の条件が厳しくなった。その結果、恋愛そのものが成立しにくい社会になったのである。

そして、これはアメリカだけの話ではない。日本でも同じ変化が静かに進んでいる。

日本でも結婚観や人生観に変化
日本でも結婚観や人生観に変化

日本財団が2026年に公表した18歳意識調査では、「将来結婚したい」と答えた若者は3年前より7ポイント減少した。人生で大切にしたいことでも、「好きなことや趣味」が「家族」を上回り、「資産形成」や「心身の健康」を重視する傾向が強まっている。

さらに2024年の日本財団の調査では、未婚者の38.5%が「自分は結婚しないと思う」と答えた。一方で、「結婚したい」という人は45.9%に上り、恋愛や結婚への憧れが消えたわけではないこともうかがえる。結婚しない理由としては、「独り身が向いている」「結婚するメリットが思いつかない」「自分の人生を優先したい」が上位を占めた。

恋愛感情が消えたわけではない。しかし、恋愛は人生の前提ではなくなった。

スマートフォンの画面には無数の出会いが並ぶ。だが現実には恋人を持たない若者が増え、映画館のスクリーンからもロマンスが姿を消し始めた。

アメリカで始まった「ロマンス大不況」は、日本でも静かに進みつつある。スクリーンから消えたロマンスは、いつか私たちの日常からも姿を消してしまうのだろうか。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。