ウエイトリフティング、富山市出身でパリオリンピック日本代表の村上英士朗選手。2年後に迫るロサンゼルスオリンピック、その選考レースへの出場をかけた戦いが始まっています。
5月31日まで名古屋市で行われた全日本選手権。その舞台にいつもより緊張した面持ちの村上選手がいました。
*実況
「持ち上げた!安定しています再び大きな声があがりました村上英士朗!」
*五輪試合直後インタビュー
「楽しいっすね!会場が一体となった感じで。次はメダルを取りたい」
おととし、自身初のオリンピックに挑んだ村上選手。
これまで、体重109キロ以上の選手が集う「最重量級」で”世界一の力持ち”を目指してきました。
200キロ以上のバーベルを持ち上げるため、ピーク時の体重は155キロ。その屈強な肉体を戦車に例え「タンク村上」と呼ばれています。
あれから2年…
*妻・里佳子さん
「ちょっと優しくなった感じする」
Q「写真は何キロの時で今、何キロなんですか?」
*村上選手
「これ150キロで今110キロ」
この2年間で45キロの減量を行った村上選手。
次回のロス大会でメダルを獲得するために、最重量級から1つ下「110キロ級」が合っていると判断しました。
*村上選手
「もう全く違うスポーツに挑戦している気持ち」
2種類の上げ方で3回ずつバーベルを持ち上げ、ベスト記録の合計で競うウエイトリフティング。
減量によって、持ち味のパワーが落ちた村上選手は、「超級」の自己ベストと比べてトータル記録が100キロ近く落ちました。今は、フォームを修正し、パワー不足を補う練習を重ねています。
*村上選手
「若干焦りあります。でも、その数字を越せたらな…373」
トータル373キロ以上を全日本選手権で記録しなければオリンピックの選考レースの初戦に出場することができません。
現在は国内2番手です。
*妻・里佳子さん
「これまで”日本記録と自分”で戦ってきたのに、「なんでだろう強かったのに」「全然上がらなくなっているんだろう」と葛藤を感じていると思う」
*村上選手
「ウエイトリフティングの長い歴史の中で、40キロも落として試合に出た人はいない。未知の挑戦。それが吉と出るか凶と出るか分からないけれど、ロス五輪は『メダルを取ること』を最優先に考えていた。それを最大化する戦術。下の階級で戦いたい」
迎えた31日の110キロ級。まずは、バーベルを一息で持ち上げる「スナッチ」、重さは161キロ。
1回目、2回目と連続で失敗、追い込まれます。3回目はなんとか成功させますが、1位の選手と9キロ差とします。
*父・幸史さん
「”次につなげなん”というプレッシャーに飲み込まれている感じがする。本人の試合じゃない感じが今までの試合運びじゃないよね」
これで、オリンピック予選への派遣基準記録には、もう1種目で212キロ以上が必要に。
2段階で持ち上げる「クリーン&ジャーク」1回目は181キロです。
*家族
「さあ行けるぞ!頑張れ!」
*家族
「よっしゃ!良いぞ!」
この勢いで、さらに重さを上げていきたいところでしたが…
*父「めっちゃ重いわ…」
2回目、3回目は連続で失敗し派遣基準記録に届かず、世界選手権の切符を掴むことはできませんでした。
*村上選手
「めちゃくちゃ悔しい。練習で基準記録は取れていたので、行けるかなと思ったけれど、減量もあって足に力が入らずつってしまって、全然(記録を)取れなかったです。もう1試合か2試合チャンスがある。そこで(五輪予選の)切符をつかみたいと思う。ラストチャンスにかけて競技人生かけて戦いたい。ラスト1年2年走り抜きたい」
オリンピックの選考レースは、10月の世界選手権から始まります。
第一段階では1年間で全6試合中、3試合に出場が求められますが今回、村上選手は初戦と2戦目に出場できないため、来年3月にある3戦目から出場を目指します。
そのためには、まず今年秋に行われる旧国体の「国スポ」もしくは「社会人選手権」で標準記録をマークすることが必須です。
31日の試合後、「ウエイトリフティングは奥深い」と話した村上選手。秋にはどんな姿を見せてくれるのか期待です。