島根・出雲市の十六島町(うっぷるいちょう)といえば、「出雲国風土記」にも記された「十六島海苔」の産地として知られる。だが、この小さな海辺の町には、もうひとつの豊かな恵みがある。天然のワカメだ。
かつては5、60人が漁に出たというが、今や担い手は80代の男性と38歳の2人だけ。その38歳の漁師・西川哲平さんは、兵庫県出身のIターン者だ。
「ワーッと生えているポイントを見つけるとドキドキしますね。宝探しというか」――海への憧れを胸に山間の町から移り住み、消えかけた伝統を自らの手でつなごうとする男性の物語を追った。
兵庫の山間から一転…島根の海辺のまちへ
夜明けとともに、出雲市・十六島の港から小さな船が静かに動き出す。舵を握るのは西川哲平さん、38歳。兵庫県多可郡多可町の山間に育ち、京都の大学を卒業後に就職、結婚を機に妻・咲子さんの故郷である出雲市へ「Iターン」してきた。それが12年前…26歳の時だった。
船は10分ほどで天然ワカメの漁場に到着する。西川さんは長さ約5メートルの「ねじり鎌」と呼ばれる漁具を操り、海中の岩場にある刈り取りを始める。経験を積んできたとはいえ、まだ慣れ切ったとは言えない。
西川さん「しんどいし、緊張もしますし、まだ慣れてない。だけどワーッと生えているポイントを見つけるとドキドキしますね。宝探しというか」と語る。
その言葉には、漁師としての苦労と海への純粋な興奮が同居している。
“海への憧れ”がIターンへの背中を押す
西川さんが海に引き寄せられたのは、子どもの頃からだったという。山に囲まれた環境で育ったからこそ、海は遠い憧れの存在だった。
「覚えていないんですけど、幼少期に将来こういうところに住みたいと言っていたらしい」と西川さんは笑う。「海の仕事はかっこよかったり、男の中の男というイメージがあって、憧れがあって」と当時を思い起こす。
結婚を機に出雲市への移住を決めた時、ちょうど市内の水産会社が社員を募集しているのを知った。迷わず応募し、定置網漁からキャリアをスタートさせた。海への憧れが、現実の漁師生活へとつながった瞬間だった。
「生えては枯れていく、それがもったいない」
定置網漁に従事するなかで、西川さんはあることが気になり始めた。
「もともと昔使われていた資源が、今は使われていないことを知って…」
それが十六島の天然ワカメだった。
高級海苔(のり)の産地として名高い十六島町では、冬のシーズンが終わると、春から夏にかけてがワカメの季節となる。最盛期には50~60人の漁師が海に出たというが、西川さんが十六島に来たころには、ワカメ漁はほとんど行われなくなっていた。高齢化が進み、担い手が次々と引退していったためだ。
「生えていっては枯れていく、それがもったいないという気持ちもあったのと、それと食べてみて、単純にとても美味しかったので」
おいしいのにもったいない…そんな気持ちが西川さんを動かした。
ブランド「海咲丸」の誕生
7年前、西川さんは十六島産ワカメの伝統を絶やさないようにと、加工事業に乗り出した。当時、まだ10人ほど残っていた漁師に協力を求め、集めたワカメを茹で上げ、塩をまぶして保存する「塩蔵わかめ」の製造を始めた。
翌年には工場を改装して機械を導入し、「海咲丸」のブランドで本格的な加工・販売をスタートさせた。
加工へのこだわりは細部にまで及ぶ。「塩が水に溶けるマックス、それ以上塩分が高いと余分な塩になってしまう。出来上がりがワカメの純粋な重量、塩を必要以上に使わないとこだわって作っています」。ワカメ本来のうまみを損なわないよう、塩の量にも細心の注意を払う。素材の良さを最大限に引き出すための、地道な工夫の積み重ねだ。
止まらない漁師の高齢化…それでも前へ
しかし、高齢化の波は止まらなかった。漁師はひとり、またひとりと引退し、加工場に集まるワカメの量は最盛期の10分の1の約700キロにまで激減した。
そこで2年前、西川さんは一大決心をした。妻・咲子さんと2人の幼い子どもを連れて家族で島根半島の北西部に位置する十六島町に移住し、自らワカメ漁師へと転身した。
今、十六島のワカメ漁師は80代の男性と西川さんの2人だけ。地域の漁業の未来は、事実上この38歳の双肩にかかっている。
「技術の差、経験の差が自分はまだまだ追い付いていなくて、これから刈り取り量を増やしたり、効率的に刈り取ることが課題だと思います」
謙虚な言葉のなかに、漁師としての真剣な覚悟がにじむ。
直接販売で気づいた「価値」
生産量が大幅に減少したなかで、西川さんは販売方法を見直した。以前は販売業者にまとめて卸していたが、市内の販売所やイベントなどで消費者に直接届ける方法に切り替えたのだ。
「収穫量が減ったけど、価値が上がっていると思う。食べてもらうと『おいしい!全然違う、ワカメってこんなにおいしいんだ』という声をいただいている」
消費者から直接聞こえてくる「おいしい」という声は、生産量の落ち込みをカバーするだけでなく、西川さん自身の確信をさらに深めた。
子どもたちの「胸を張れる故郷」のために
直販を通じて消費者とつながるなかで、西川さんには新たな思いも芽生えてきた。
「うちの子どもたちや地域の子どもたちが、自分の地元である十六島・出雲のおいしいものとか、胸を張って言える将来の“きれはし”になれたらいいなという思いがある」
十六島では2025年に小学校が統合されて閉校となった。ワカメ漁師だけでなく、子どもの数も減り続けるこの海辺の町に根を下ろした西川さん。地域への思い入れを持ちながら外からやってきたIターン者だからこそ、この土地の宝の価値が見える。そして、子どもたちが誇れる地域の未来を残したいという思いが、日々の営みの原動力になっている。
「自分が一番よく知っている」という自信を糧に…
海への憧れから始まり、定置網漁、ワカメ加工事業の立ち上げ、そして自らのワカメ漁師転身。西川哲平さんの12年間は、この小さな町の海と深く交わりながら積み重ねられてきた。
「十六島のワカメのおいしさを自分が一番よく知っていると思っているので、自信持って続けていくことがこの地域の活性化につながれば一番いいかなと思いますね」
ねじり鎌を手に海に出るたび、西川さんは宝探しの興奮を感じると言う。その感覚こそが、この仕事の本質かもしれない。次の世代に手渡すべき「宝」が、十六島の海の底にはまだたっぷりと眠っている。80代の漁師と38歳のIターン男性、たった2人で守るその海が、これからどんな未来を育んでいくか。出雲市・十六島の小さな港から、静かな挑戦が続いている。
(TSKさんいん中央テレビ)
