5月6日朝、福島県の磐越自動車道で発生した北越高校・男子ソフトテニス部の部員を乗せたマイクロバスの事故。この事故で17歳の男子高校生が死亡したほか20人が負傷した。北越高校は10日夜に2回目の記者会見を行い、部活動の顧問も出席。なぜ顧問はバスに同乗しなかったのか…その経緯について自らの言葉で語った。
部活動の顧問が自ら経緯説明
「3年生になって実力的に上の後輩が入ってきても明るくチームを盛り上げてくれていた」
亡くなった稲垣尋斗さん(17)への思いを言葉を詰まらせながら語った北越高校、男子ソフトテニス部の顧問・寺尾宏治氏。
10日夜に行われた会見で姿を見せ、謝罪とともに「バスへ同乗しなかった」ことへの後悔の思いも口にした。
なぜバスに同乗しなかったのか?
なぜ寺尾氏はバスに同乗しなかったのか、当日の状況について、寺尾氏はこう説明した。
「当日の朝、私は午前5時20分頃に学校に到着しました。そのときには、欠席の3人を除く部員20名が集合しておりました。私が蒲原鉄道に手配したバスも到着していました。私は蒲原鉄道の担当者である金子氏と運転手に挨拶をし、行き先を確認してバスのナビに設定をしました。私は運転手とは面識はなく、このときが初対面でした。その後、運転手に車外へ出ていただき、部員全員で挨拶をしてバスに乗り込みました。私は当初、バスに同乗する予定でしたが、生徒全員が乗り込み、荷物を積んだところ、出入口付近まで荷物があり、私がバスに乗り込むことが難しいと思ったことと、なじみのない場所なので現地で車があったほうが便利だと思い、自分の車で移動することを生徒と金子氏に伝え、自分の車に向かいました」

寺尾氏はこの判断が誤りだったと振り返る。
「私がバスに同乗しなかったこの判断が誤りであったと思います。私が朝、運転手と会った際は特に変わった様子は感じませんでしたが、今回の事故後に、事故を起こす前から運転手の運転が正常ではなかったとの話を聞き、私がバスに同乗していれば運転者の異変に気づき、運転を止めさせるなどして事故を防ぐことができたのではないかと思っています」
移動方法にも後悔
その後、遠征地である福島県富岡町に向けてバスは出発。寺尾氏は自家用車で、バスの後ろを走行していたが、途中で道が分かれ、バスの先を進んでしまった。

もし、バスを目視できる状況にあったら、運転手の異変に気付いたかもしれない…寺尾氏はこの判断についても後悔を口にした。
「現地集合との判断でしたが、振り返れば常にバスが見える範囲で前なり後ろなりを走るべきであり、この判断も誤りだったと思います」
引率体制に課題
事故の知らせが入ったのは、午前7時41分ごろ。走行中の車のハンズフリー着信で部員から連絡があり、事故があったことを知ることになる。

バスよりも数キロ先を走っていた寺尾氏はすぐにUターンを試みたが、反対車線も通行止めになっていたため近くの駐車場で待機することとなった。
事故が発生した時にも引率者がいなかったことで、生徒たちの不安が大きかったことは想像に難くない。
寺尾氏以外に引率する人はいなかったのか…会見ではその点についても話は及んだ。
北越高校の男子ソフトテニス部では、昨年度までは寺尾氏を含む複数の顧問体制で遠征に臨んでおり、少なくともどちらか1人がバスに乗る体制が維持されていたというが、今年度は副顧問が交代となり、スケジュールの都合で同行できない状況が続いていたという。

寺尾氏は、「実際には、ほかの教員も含めて、休日は多くの運動部が外で活動していたり、私たちの部と同じように県外へ遠征に出ていたりして、学校としては通常どおりのスケジュールでした。そのため、私がほかの先生に「この日空いていますか」と確認する発想自体がありませんでした」と話した。
北越高校に限らず、部活動の顧問1人で遠征などに対応するケースは珍しくない。今回の事故は、同乗しなかった個人の判断だけでなく、引率体制そのものにも課題を投げかけている。
学校やクラブチームにおいて、安全管理体制の見直しが求められる。
