「ここを見たときに、自分の生きる場所っちゅうんですかね…いいとこやなぁと思って、50年前に嫁に来たんです」

そう語ったのは、いまやハナモモの郷として知られる福井・大野市の勝原の風景を20年近くにわたり守り続けてきた林沙代子さんだ。毎年、愛らしく咲くハナモモであふれるこの場所は、沙代子さんの人生そのものだった。

勝原に嫁ぎ、ハナモモを植え…守ってきた20年

大野市の勝原花桃公園は、春になると訪れる人々を色とりどりのハナモモが迎える。この風景を長年守ってきたのが、林沙代子さんである。50年前にこの土地に嫁ぎ、「自分の生きる場所」としてて勝原を愛し、ハナモモの植樹を始めた。

ハナモモとえちぜん鉄道をカメラに収めようと毎年多くの人が訪れる
ハナモモとえちぜん鉄道をカメラに収めようと毎年多くの人が訪れる
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地域の住民らも一緒になって植樹を続け、勝原はまるで桃源郷のように。しかし沙代子さんは2026年2月、病のため79歳でこの世を去った。

沙代子さんと交流をしていた地元児童たち
沙代子さんと交流をしていた地元児童たち

その1年前から、沙代子さんと交流を深めてきたのが、市内にある富田小学校の5年生だ。児童たちは、沙代子さんの清掃活動を手伝ったり、花の育て方を教わったりしながら、彼女が守り続けてきた勝原のハナモモについて熱心に学んできた。

勝原のハナモモ
勝原のハナモモ

子供たちの熱意に応えるように、沙代子さんは亡くなる数カ月前、体調が優れない中でも、児童たちが制作するふるさとPRの動画に出演した。

児童たち制作の動画にも出演
児童たち制作の動画にも出演

児童たちは「ハナモモについてたくさん教えてくださったおかげで、私はすごく興味を持った」と沙代子さんを偲んだ。

沙代子さんの遺志を継ぐ地元の子供たち

沙代子さんが亡くなって2カ月が経った頃、富田小学校の5年生20人が再び勝原を訪れた。きっかけは、沙代子さんの自宅から見つかった一通の手紙の下書きだった。

児童らにお礼の気持ちを綴っていた沙代子さん
児童らにお礼の気持ちを綴っていた沙代子さん

それは、児童たちへのお礼を綴ったもので、そこには「ハナモモで多くの人を喜ばせたい」という沙代子さんの純粋な思いが記されていた。

その沙代子さんの思いに心を打たれた児童たちは、沙代子さんへの感謝とこれからの決意を伝えたいと、それぞれが手紙を準備し、沙代子さんの家族の前で読み上げた。

沙代子さんの家族の前で手紙を読み上げる児童
沙代子さんの家族の前で手紙を読み上げる児童

「沙代子さんがお亡くなりになったときは、すごく悲しくなりました。だけど娘さん、郁恵さんがいま頑張っているから、安心してください」

「私はハナモモを見るたびに、たくさん苦労したんだな、きれいだな。私もたくさん、沙代子さんのように頑張ろう、などと何度も感動、そして励まされました。これからずっとハナモモを守りたいという気持ちは変わりません」

児童らに語り掛ける郁恵さん
児童らに語り掛ける郁恵さん

児童たちの思いを受け取った沙代子さんの娘、郁恵さんは「これから思いどおりにいかないこととか面白くないことも出てくるかもしれないです。でも、そういう時に母のことを思い出して、ちょっと草に触れてみようかな、土に触れてみようかな、そんなふうに思ってくれたらうれしいなと思います」と優しく語りかけた。

沙代子さんは生前、ハナモモを見に来る人々の姿を何よりの喜びとしていた。「今年も咲いた、って喜んで来てくださる。この姿が最高でね。これを守りたいですよ。皆さんとやっぱり交流して楽しみたいです」と語っていた。

勝原花桃公園
勝原花桃公園

勝原の自然と風景を心から愛したさよこさん。その思いは確かに、次世代の子どもたちへと受け継がれていく。「ハナモモは勝原の宝物」という子供たちの言葉が、その証だ。

福井テレビ
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