陸上100mで「10秒26」の長崎県記録を持つ選手が、地元を拠点にロサンゼルスオリンピック出場を目指している。大学卒業後、地元に残りプロとして独立する道を選んだのは、「いま、納得できる生き方をするため」。頂点の歓喜も、大きな挫折も経験した若きスプリンターが、自身の思いを貫き世界に挑む。
「いま」満足できる生き方を
陸上100m、池田成諒(せいりょう)選手、24歳。
長崎県の島原半島で生まれ育った池田選手は、2024年からプロのスプリンター・陸上の短距離選手として長崎県内で活動している。
走るのは週に3〜4日、練習はいつも“ひとり”だ。筑波大学を卒業後、都市部の実業団ではなく、地元でプロとして独立した。選んだのは「走ることに全集中できる環境」だった。
地元に帰った理由は「将来のことを考えても、いまその瞬間、満足していなかったら意味がないと思う。やり直しはいくらでもきくの。納得できる生き方をしたいから」と語る。
身体能力に恵まれた子供時代
子供のころから、身体能力に恵まれていた池田選手。
小学5年生のときには、レスリングの全国大会で優勝し、日本一になった。
陸上は中学から本格的に始め、島原高校時代は国体で2度、全国優勝。高校2年で世代別の日本代表になり、アルゼンチンで行われたユースオリンピックで銅メダルを獲得した。
池田選手は「運動能力がすごく高い子どもだったので、それだけで勝てた。“やればできるだろう”というのはあった」と、当時を振り返る。
走る以外の“鍛錬”が走りを変える
池田選手の強みは「トップスピード」。
最高速度が、国内上位層と肩を並べるほど速いのだ。2024年8月には自己ベスト10秒26を記録し、自らの県内記録を更新している。
さらに記録を伸ばすため、トレーニング機器「1080 sprint(テンエイティ スプリント)」を導入した。アメリカメジャーリーグの大谷翔平選手など各国のトップアスリートも使用する機器だ。ベルトを装着し、ワイヤーを引っ張ったり、ワイヤーに引っ張られたりする。張力は細かく設定することができ、負荷をかけて筋力強化したり、アシストを受けて限界以上のスピードを体感したりするなど様々なトレーニングを実施できる。
妻の慧さんがデータを管理し、着実にタイムを伸ばしている。
孤独なトレーニングと合同合宿
池田選手は、指導者をつけずにひとりで練習することに“難しさ”も感じている。
池田選手は「ひとりで走っていると周りに誰もいないので、自分の中の感覚とタイムしか見るものがなくなる」と、胸の内を語る。
そんな池田選手が刺激を受ける存在が、9秒95の日本記録を持つ山縣亮太選手(33)だ。ひとりでは習得が難しい身体の作り方や使い方、メンタリティなど、トップ層に必要な要素を吸収するため、山縣選手のオフシーズン合宿に参加した。
合宿後、特に変わったのは「ウォーミングアップのあり方」だ。単なる準備運動で終わらせず、体幹やバランスを鍛える時間として活用するようになった。腹筋の下に力を入れやすくなり、走る以外のトレーニングが走るときに生きてくるのを感じているという。
さらに、目先のテクニックではなく、フィジカルの強さや筋肉を使う感覚を研ぎ澄ませる「土台作り」が重要と考えるようになり、合宿の成果を実感している。
競技を離れた大学時代から得たもの
これほどまでに身体と丁寧に向き合うのには、理由がある。大学時代に味わった「大きな挫折」だ。
高校時代の無理がたたり、ももの裏側が肉離れを繰り返し、一時、競技を離れることを余儀なくされた。リハビリの末に復帰するまでに、貴重な大学時代の2年間を費やした。
肉離れを繰り返した要因は、高校時代の走りにあったと振り返る。走るときに腰が落ち、足が着いたときに折れ曲がるような形になっていたことで、太ももの裏の筋肉に負担がかかっていたのだ。
苦しい経験をしたことで、自身の走り方を見つめ直した。現在は腹や尻の筋肉をしっかり使い、地面をしっかり捉えられるよう意識を変えた。地面に足が着いたときに身体が一直線になるよう中心部をうまく使うことを意識することで、効率的に前へ進める動きを目指しているのだ。
週に2日の筋力トレーニングでも、背筋や股関節周りなど、走る際に起点となる筋肉を重点的に鍛えている。走る際、腹周りにだけ常に力が入り、他はリラックスしている状態を目指し、トレーニングに励んでいる。
支えてくれるのは「地元企業」
実業団に入っていない池田選手は、遠征費や生活費は自分で賄わなければいけない。地元企業に自ら連絡を取り、スポンサー契約を依頼した。
最初に後押ししてくれたのは、地元の建設会社だった。スポンサー契約を結んだ宅島建設の宅島寿孝代表取締役は「池田選手が陸上を通じて地域貢献したいという思いがしっかりと伝わってきた。池田選手の活躍を通じて、島原半島や長崎の子どもたちが次のステージへとつながっていくことを期待している」と語る。
現在は県内3つの企業と法人がスポンサーとして池田選手を応援している。池田選手は、地元の子ども達を育成し陸上競技の発展にも貢献しようと、スポンサーの建設会社とともに10月の大会開催に向けた準備も進めている。
「銅メダルを超える体験をしたい」
今季の目標は、日本選手権での準決勝進出と、愛知県で開催される「アジア選手権」への出場だ。
課題はトップスピードに入るまでの時間だ。地道な補強と筋力トレーニング、集中した身体づくりに取り組み、前年の同じ時期に比べ、タイムは上がってきている。その先に見据えるのは、2年後のロサンゼルスオリンピックだ。
「人生で最も興奮した瞬間は、高校2年のユースオリンピックでメダルを取った瞬間だった。それを超える体験をしたいというのが、一番自分の人生の中で達成したいこと。自分が納得できたと思える結果を、出します!」と、力を込めて語った。
頂点も挫折も知るスプリンターが、長崎から世界に挑んでいる。
(テレビ長崎)
