和が英語を学ぶのはお遊びや趣味ではなく生きるため、仕事を得るためだった。東京でも職探しには苦戦している。東京でも女が自立して生きるのは難しい。
女を雇ってくれるのは製糸工場の女工か、富裕な家の女中くらい。それではとても子供たちを養っていける収入は得られない。また、小学校教師か産婆(助産婦)といった専門職もあるのだが、これも男の専門職に比べると収入はかなり見劣りする。文明開花の世といいながら、女を取り巻く状況は近代化から取り残されて放置されている。
英語が最強の武器になる理由
文明開花の象徴である鹿鳴館が完成したのは明治16年(1883)のこと。不平等条約の改正を悲願とする明治政府は、欧米の生活様式や文化を積極的に取り入れて「日本が近代化を達成した文明国である」ことを世界にアピールする欧化政策を推進していた。
鹿鳴館はその象徴的存在。広々とした舞踏室や大食堂、談話室、バーなどを備えた煉瓦造り2階建ての洋館には外国要人や外交官が集い、夜な夜な贅を尽くした宴が催されていたのだが…必死で欧米を模倣する日本人の姿が、外国人の目には滑稽に映る。フランスの紀行作家ピエール・ロティも『江戸の舞踏会』で、鹿鳴館で目にした燕尾服姿の日本人男性を「猿にそっくり」と嘲笑している。
欧米人に小馬鹿にされながら、それでも日本人は必死になって欧米を模倣した。欧米からの輸入品は何でも「舶来品」と呼ばれて珍重され、それが長らく「高級品」と同義語で使われたりしていた。英語を学んでいる者はインテリとして崇められて就職にも有利だった。
また、日本の産業界は様々な機器や物品を欧米からの輸入品に頼っている。製品に同封されてくる説明書の翻訳は不可欠だし、外国との書簡のやり取りにも翻訳者が必要になる。政府や企業にもお雇い外国人が多いから、通訳者もそれなりの数を揃えねばならない。
