天皇ご一家は、4月6日から7日にかけ、福島県の被災地を訪問されました。
原発事故で大きな被害を受けた4つの町で犠牲者を追悼し各地で被災者と懇談したほか、震災についての展示などをご覧になり、今後の着実な復興を願われました。

原発事故後の双葉町を皇室として初訪問

天皇皇后両陛下と長女の愛子さまは、東日本大震災から15年の節目にあたり、4月6日から2日間、福島県を訪問されました。

JR福島駅にご到着
JR福島駅にご到着
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福島駅では多くの人がご一家を歓迎しました。愛子さまが東北の被災地を訪問されるのは初めてです。

福島駅前でご一家を出迎えた女性は「福島のことを忘れずにもう一度足を運んでくれたのがとてもありがたい」、「私たちに笑顔を向けてくださる姿も、とても心に来るものがありました」と感激した様子でした。

JR福島駅前
JR福島駅前

今回、ご一家は、原発事故で大きな被害を受けた4つの町を訪問されました。

初日に向かわれたのは、東京電力福島第一原発がある双葉町。原発の事故後、皇室の訪問は初めてです。

東日本大震災・原子力災害伝承館
東日本大震災・原子力災害伝承館

震災と原発事故の記録と教訓を伝える「伝承館」で、両陛下と愛子さまは、供花台に花束を供え、海の方向に向かって拝礼し、犠牲者を追悼されました。

震災当時、津波で高さ4メートルまで浸水したと説明を受けられたご一家。
愛子さまは、浸水の高さを示した柱を見上げ「あの高さまで…」と驚かれた様子でした。

今も町の大半が帰還困難区域になっている双葉町。

展示室では、放射性物質の除染作業について説明を受け、愛子さまは熱心に質問されていました。

愛子さま同行への両陛下の思い

これまで、福島の被災地をたびたび訪問されている両陛下。

平成23(2011)年7月 福島・郡山市
平成23(2011)年7月 福島・郡山市

震災の4カ月後には、郡山市の仮設住宅や避難所を訪問し、津波で娘を亡くした女性の話に皇后さまが涙ぐまれる場面もありました。

平成27(2015)年10月 福島・いわき市
平成27(2015)年10月 福島・いわき市

その後も折りに触れて足を運び、復興を見守ってこられました。

令和3(2021)年4月 双葉町・大熊町の被災者とオンラインでご交流
令和3(2021)年4月 双葉町・大熊町の被災者とオンラインでご交流

震災から10年の令和3年には、コロナ禍で現地への訪問ができず、オンラインで交流されています。

令和8(2026)年2月 誕生日会見
令和8(2026)年2月 誕生日会見

今年の誕生日会見で、陛下は「災害による影響は人それぞれに異なり、10年、15年という年月の経過だけでは測れない重みを伴うものだと思います。これからも雅子と共に、被災地に心を寄せていきたいと思っています」と述べられました。

令和4(2022)年3月 愛子さま成年の会見
令和4(2022)年3月 愛子さま成年の会見

愛子さまも、4年前の成年の会見で「被災された方々の心の傷が癒えるのは容易なことではないと思いますし、また、時間を要するものであると想像されます。そういった苦難の道を歩まれている方々に思いを寄せ続けるということも大切にしていくことができればと思っております」と被災者への思いを語られています。

若い世代に震災の記憶を継承してほしいという両陛下の強い思いから、今回、愛子さまの同行が実現しました。

富岡町の桜並木もご覧に

双葉町出身の住民らと懇談されたご一家。5年前にオンラインで懇談した女性とも、この日直接対面されました。

避難生活を経て福島に戻り、ファストフード店を営んでいる山本敦子さん。

山本敦子さん
山本敦子さん

山本敦子さん:
この五年頑張ってきて、そして今日、直接お会いできた。もうエネルギーは計り知れない。私の一生の宝物です。

夜の森桜並木(富岡町)
夜の森桜並木(富岡町)

富岡町、夜の森地区の桜並木。原発事故で長く立ち入りが制限され、全長2.2キロすべてを通れるようになったのは4年前です。

訪問2日目、ちょうど満開を迎えた桜。

ご一家は住民が大切にし、心のよりどころとしている桜が咲き誇る様子を感慨深くご覧になったといいます。

とみおかアーカイブ・ミュージアム
とみおかアーカイブ・ミュージアム

「とみおかアーカイブ・ミュージアム」では、役場の対策本部で使われていたホワイトボードや津波で止まった時計など、震災の爪痕を今に伝える品々をご覧になりました。

住民の避難誘導中に津波に飲みこまれた「双葉31号車」パトカー。乗っていた警察官の1人は亡くなり、もう1人は行方不明のままです。

皇后さまは「痛ましいですね」と悲痛な表情を浮かべられました。

学び舎 ゆめの森(大熊町)
学び舎 ゆめの森(大熊町)

午後には、大熊町の小中学校とこども園が一体となった教育施設へ。震災後に生まれた小学6年生が、将来の夢や関心について発表する授業を見学されました。

「将来、交通機動隊になりたい」と話した男の子に、陛下が「好きな科目は?」と尋ねるなど、にこやかに交流されました。

続いて、被災者ら3人とご懇談。震災当時、原発の緊急対策室にいた元警備員から話を聞かれました。

福島第一原発元警備員 土屋繁男さん
福島第一原発元警備員 土屋繁男さん

皇后さま:
その時はどんな?
土屋繁男さん:
最初はすぐに収まるだろうという気持ちがありましたけれども、日に日に状況が悪くなるのがわかりましたので。
愛子さま:
緊急対策室は、1号機の方からはどれくらいの距離で?
土屋繁男さん:
500メートルくらいだと思います。ですから、爆発のときは地響きが起きて。

また、飼い犬について話題になり、土屋さんは15歳になる柴犬を飼っていると説明。
「かわいいものですね。ちょっとわがままですけどね」と話すと、皇后さまが「ちょっと頑固だったり」と笑顔を見せられるなど、和やかな場面もありました。

大熊町で情報誌を発行し続けている女性や、原発事故で栽培が途絶えていた特産品キウイを復活させるため移住してきた男性とも懇談されました。

愛子さまは、年齢が一つ違いの男性に「移住されて頑張っているんですね」と話されたといいます。

道の駅 なみえ(浪江町)
道の駅 なみえ(浪江町)

最後に訪ねた浪江町の「道の駅」では、伝統工芸品「大堀相馬焼」をご覧になりました。

大堀相馬焼
大堀相馬焼

地元で採れる釉薬「砥山石(とやまいし)」が原発事故で汚染され、窯元も避難したことで製作ができなくなった「大堀相馬焼」が、その後復活した経緯について熱心に耳を傾けられました。

2日間にわたり、震災の被害の大きさを肌で感じ、人々の思いを心に深く刻まれた天皇ご一家。
「福島の今後の着実な復興と人々の幸せを心から願っています」と感想を寄せられました。
(「皇室ご一家」4月12日放送)

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