シリーズ『熊本地震10年あの日を忘れない』。活動拠点の益城町が2度の『震度7』に見舞われた熊本ヴォルターズ。当時を知る関係者が今の世代に伝えたいことを語りました。

【小林 慎太郎 さん】
「〈自分たちがやらなきゃいけない〉という当事者意識。これが一番、僕は必要だと思っているし、これが一番、全てを動かした根幹だと思う」

チーム発足後、益城町を中心に活動していた熊本ヴォルターズ。2016年4月に熊本地震が発生し、ホームアリーナである益城町総合体育館が被災し、活動拠点を失いました。

【小林 慎太郎さん】
「4日前、5日前までここで練習していて〈何なんだこれは〉と、そういう世界でしたね。自分の家のような場所。見た時に、僕はもう〈本当に涙が止まらないとはこんなことなんだな〉と」

『何か、自分たちにできることはないか』

チームが存続の危機に立たされる中、選手たちが選んだのは、バスケットボールではなく、益城町、そして熊本のための支援活動でした。

未曽有の災害から間もなく10年。当時を知る湯之上 聡 社長と、元キャプテンの小林 慎太郎さんに話を聞きました。

【湯之上 聡 社長】
「試合が終わった後に地震が起きた。ひどい地震だったから僕らもそれどころではないという状況だった。その時、経営状況はチームは知らなかったと思うが非常に苦しくて。僕自身も諦めかけた部分はあったが、育ててもらった益城のために動き始めて、全国から支援が集まりいろいろなことが重なって復活できた」

【小林 慎太郎 さん】
「『社長、お金は何とかしてくれ』と。『僕は選手たちをまとめて街頭募金を一人でもやるから、とにかく会社をなんとか給料をみんなにつくってくれ』とお願いして『それぞれ動きをやりましょう』と。『熊本のため、チームのためにやりましょう』と。社長覚えてます?」
「今、思い出した」
「そのとき腹をくくった。選手でありながら練習もせずに試合もせずに全て放棄して『人のために熊本のためにやろう』と選手たちを集めて言って、その動きが復興の礎となった一つの活動だったのかなと思っている。10年たった今思うのは、圧倒的な当事者意識。自分たちがそこでやらなきゃけない、頑張らなきゃいけない。被害に遭った当事者というその意識が10年たっても大事だと思う」

その気持ちは、今を戦うチームにも受け継がれています。

【本村 亮輔 コーチ】
「久しぶりに益城で開催した際も、今も益城戦では常々選手に言っているが、『とにかく一つのボールに対する執着心では絶対に負けるな』と伝えている。それが熊本に元気や勇気を届けられることではないかなと小林さんからいろいろ教わって、下の選手たちに言っている」

【磯野 寛晃 主将】
「今、僕たちがこうやってプレーできている、チームが存続しているということは当時、頑張ってくれた選手やスタッフの多くの人の力でチームは存続していると思う。後輩たちに伝えていきたい」

【湯之上 聡 社長】
「10年たってもまだまだ復興の道半ば。ヴォルターズを通してもっともっと熊本が良くなる益城が良くなる活動を続けていきたい」

『熊本地震の教訓を伝え続ける』。それは、『チームの存在意義』の一つとして世代が変わっても深く、深く、熊本ヴォルターズに根づいています。

今回、放送した特集に加え、湯之上社長と小林さんのインタビュー映像を、TKUのホームページに掲載します。ぜひご覧ください。

テレビ熊本
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