相次いで公開された北朝鮮・金正恩総書記の娘・ジュエ氏の銃撃や戦車を運転する姿。
単なる同行者から「女戦士」へと役割が変化する中に、「白頭血統」の正統性と後継者像を軍事演出で刷り込む狙いがうかがえる。

金正日氏が3歳で撃ったとされる機関銃(2016年5月、筆者撮影)
金正日氏が3歳で撃ったとされる機関銃(2016年5月、筆者撮影)
この記事の画像(10枚)

後継者の必須条件=「銃」

北朝鮮の最高指導者・金正恩総書記の娘「ジュエ」氏の行動に注目すべき変化が生じている。

特に印象的なのは、2月末に公開されたジュエ氏が単独で銃を撃つ場面だ。

金総書記は、第9回朝鮮労働党大会を終えた後、主要幹部と軍事指揮官らに「新型狙撃小銃」を贈呈した。金総書記が1人1人に武器証書を手渡す際には、ジュエ氏がこれを補佐する様子も確認された。

これまでは金総書記の視察に同行し傍らで見守る立場にとどまっていたが、今回はジュエ氏自身が独自の役割を果たす姿が演出されたのである。

この後、一行は射撃場に移動し、金総書記らとともにジュエ氏も射撃に臨んだ。

ジュエ氏が銃の照準に目を当て、引き金に指をかける写真も公開され、ひときわ目を引く。

日本からみれば、13歳の少女に銃を撃たせることには違和感があるが、北朝鮮では考え方が異なる。

「銃」は抗日パルチザン活動の象徴であり、革命家系である「白頭血統」の統治の正統性を意味する。ゆえに、射撃能力は最高指導者に求められる資質の1つとして欠かせないと言える。

筆者は2016年5月、金総書記(当時は第一書記)が35年ぶりに開催した第7回党大会の取材で北朝鮮を訪問した。

その際、海外メディア向けに公開されたのが、北朝鮮初の兵器工場とされる「平川革命史跡記念館」だった。

 北朝鮮当局が「的の中央に3発命中させた」と宣伝する標的(2016年5月、筆者撮影)
 北朝鮮当局が「的の中央に3発命中させた」と宣伝する標的(2016年5月、筆者撮影)

中には、金総書記の父・金正日氏が3歳の時に試射したという機関銃と的が展示されていた。的の中心には3発の銃弾の跡が残されていた。

案内役のガイドからは、「3歳の金正日氏が3発撃って3発とも命中させた」と説明を受けた。

金総書記も後継者に決定した直後、卓越した能力を示す事例として、「3歳で銃を撃ち、人々を驚嘆させた」「金正恩元帥は名射手」などのエピソードが宣伝された。

父・祖父の先例からも、後継者の資質として射撃能力が重要視されていることがわかる。

つまり、ジュエ氏が13歳で射撃の腕を披露しても、北朝鮮では驚くには値しないということになる。

ジュエ氏は3月12日にも、軍の幹部に交じって新型の拳銃を撃つ姿が公開された。

今後、ジュエ氏が正式に後継者に指名されれば、偶像化の一環として13歳のジュエ氏が命中させたとされる「的」が公開されることになるかもしれない。

銃の次は戦車を運転

ジュエ氏を「女戦士」として強調する演出は銃の狙撃だけにとどまらない。

米韓合同演習「フリーダムシールド」の終了日だった3月19日、金総書記は新型戦車と無人攻撃機を動員した戦術演習を視察し、「戦争準備の完成」を強調した。

翌日、演習の模様を放映した朝鮮中央テレビの映像には、ジュエ氏の驚くべき姿が映し出されていた。

最新型の戦車「天馬20」の操縦席からジュエ氏が顔を出し、そのすぐ脇の戦車の上には金総書記や軍幹部が同乗していた。金総書記が操縦席のジュエ氏に進路を変えるよう指示するようなしぐさをすると、戦車はその方向に進路を変えた。

天馬20は自動運転装置を備えていないとされることから、ジュエ氏が実際に戦車を操縦していた可能性があるとみられる。

映像は30秒ほどに編集され放映されており、ジュエ氏の「操縦」演出は短時間だったと見られるが、実際に13歳の少女が戦車を操縦したとすれば衝撃的だ。

実は金総書記も、最高指導者の地位に就く前の2009年に、戦車を操縦していたとされる。2012年1月に放映された記録映画では、20代半ばの金総書記が105戦車師団の訓練で戦車に乗り込み砲撃に参加する姿が報じられていた。

ジュエ氏が銃を撃ち、戦車に乗る姿が相次いで公開されたのは、金総書記の後継過程をなぞっているようにも見える。

これは、ジュエ氏のイメージ構築が単なる金総書記の同行者から「戦士」「指揮官」へ移行させる新段階に入ったことを示すものでもある。

儒教的な考え方が根強く残る北朝鮮では、今も女性指導者に対する抵抗感が根強いとされる。

ジュエ氏が軍事的にも高い能力を有していることを繰り返し示すことで、軍幹部や兵士だけではなく、住民らに対してもジュエ氏後継を「刷り込む」狙いがある。

斬首作戦と決死擁護

ジュエ氏の射撃姿が公開された直後の2月28日、アメリカとイスラエルはイランへの軍事攻撃を開始した。イランの最高指導者・ハメネイ師ら指導部の40人が殺害されたとも伝えられる中、イランは徹底抗戦の構えを崩さず、体制の存亡をかけた激しい戦闘が続けられている。

イランへの攻撃は、北朝鮮にとっても他人事ではない。

北朝鮮はこれまでも、アメリカや韓国などの対外勢力による最高指導者の「斬首作戦」に神経をとがらせてきた。

金総書記が側近幹部らの地位を頻繁に交代させ、「No.2」を絶対に作らないようにしているのも、幹部らの裏切りを恐れているからだ。

金総書記にとって最終的に信頼できるのは、妻の李雪主(リ・ソルジュ)氏と娘のジュエ氏、そして実妹の金与正(キム・ヨジョン)氏の身内だけと言っても過言ではないだろう。

かつて、金総書記の父・金正日氏は、妻の高容姫(コ・ヨンヒ)氏に拳銃を送り、金氏の身に危険が迫った場合に護身を頼んでいた。

最高指導者から贈られた「銃」は、何よりも最高指導者を決死擁護するために使われなければならない。

北朝鮮は、アメリカ本土への攻撃が可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発を進め、金総書記ら指導部が攻撃される場合、核による先制攻撃も辞さない構えを強調してきた。

核抑止力強化を背景に強気の姿勢を示す北朝鮮だが、予測困難なトランプ大統領の行動に不安はぬぐい切れない。

万が一、斬首作戦が実施されるようなことがあれば、その時はジュエ氏も否応なく巻き込まれることになる。

13歳の少女に与えられた象徴としての銃が、現実の戦闘と結びつかないことを願うほかない。

 
この記事に載せきれなかった画像を一覧でご覧いただけます。 ギャラリーページはこちら(10枚)
鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。