能登半島地震から2年3カ月、奥能登豪雨から1年半。二重災害に見舞われた石川県輪島市河井町で、傷ついた空き家が「憩いと癒しの場」へと生まれ変わろうとしている。地域の医師が立ち上げた「らいか堂」プロジェクトは、内と外から集まる多くの人々の手によって、5月3日のオープンを目指している。
「先生に会って変わった」
輪島市河井町にある「ごちゃまるクリニック」医師の小浦友行さんは、妻で医師の詩さんとともに、この地域に根差して住民たちの健康を守り続けてきた。これまでの取材でも、患者が率直な言葉でその存在の大きさを語っていた。「先生がおって考えが変わったかなっていうのはある。死のうと思ってたから。先生から『自分から命は絶たんといてね』って。その気持ちが今無くなったから、先生に会って変わったかなというのはある。だから『命の恩人』」
2024年9月の奥能登豪雨でクリニックは大規模な浸水被害に遭ったが、修復工事を経て2025年6月に診療を再開した。再開を喜ぶ患者の言葉も印象的だった。「とっても嬉しいです、また先生に診ていただけるということで」診療を再開した小浦医師は、こう語った。「まずはやはり一人一人目の前の患者さん達と真摯に向き合うこと、そしてそこから見える地域全体に対するまなざしも忘れないように。一生懸命やるのも大事ですけど、とにかく明るく楽しくやっていければと思っています」
かつて写真店だった空き家
クリニックの診療再開と並行して、隣の建物では「もう一つのプロジェクト」が進行していた。小浦医師が2025年2月にスタートさせた「憩いの場プロジェクト」だ。「ごちゃまるクリニックの隣で空き家を買い受けて、ここで『憩いの場プロジェクト』ということで、地域の皆さんが過ごして癒しの場となっていただく場所を準備しているところです」

二重被災で傷ついたこの空き家を修復し、地域のご縁を結び直し、新たな人々との縁を結ぶ拠点にしようという試みだ。2025年3月に行われたオープニングイベントの写真展は多くの地域住民で賑わい、参加した漆原さんはこう話した。「2024年の1月1日以降、笑い声なんてほぼない状態だった。素晴らしいことや」

そして2026年3月20日の取材では、プロジェクトは終盤を迎えていた。建物の外装も仕上がりつつある様子で、小浦医師は名前の秘密を明かした。「お陰様で、いよいよ5月3日のオープンに向けて漆原邸改め『らいか堂』!ここの持ち主の家主さんのかつて営んでいた写真店のお名前に由来して、らいか堂ということでお名前を引き継がせていただきました」中に入ると、和室やキッチンが整えられつつあり、小浦医師は構想を語った。「ここが和室になって…この辺がキッチンになる予定です。ここでみんなでご飯食べてとか、そういった感じで予定しています」

「ここに今、ちょっと見えなくなっているんですけど、前回、みんなで瓦を使ってデザインした床というのが『DIYでみんなでいろいろやってみようプロジェクト』として、たくさんの皆さんと一緒に一つ一つ手作りでということで、素人仕事のような感じですけどもそこがまたいいかな」
三和土づくりに集う地域の内と外
この日行われていたのが「らいか堂 DIYプロジェクト」だ。集いの場の完成に向け、内装などをみんなで手作りしようという企画で、この日の作業は「三和土(たたき)」づくり。赤土などを材料とするたたき土を皆で叩いて固め、土間を作るというものだ。「今日も安全に、楽しく、賑やかにやっていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします」

初めての作業にみんなが悪戦苦闘しながらも、自然と笑顔が広がり、声が弾んだ。「ひたすら無心になって叩き続けるので楽しいです」「一人で黙々とやるよりかはどんどんはかどるので、楽しいですね」小浦詩先生も手ごたえを口にした。「皆で手を加えた場所だという愛着は、出来上がった建物を使い出した時に全然違うだろうなというのはやっていて思いますね」
さらに隣のクリニックでは、昼食の準備をしている人が。静岡県出身の移住者、清水栞夏さんだ。今年1月に能登の若手移住者が集う「若衆の会」の取材で出会った彼女は、その時こう話していた。「2カ月間夏の間にインターンを能登復興ラボでさせてもらって、そのまま移住するために今お家を探しているところです」

あの時から半年が経った今、清水さんは家を見つけ、働き始めていた。「家は『I DO NOTO BASE』という(のと里山空港のところで)この間決まって。2月頃からこちらに働き始めている。やっぱりコミュニティというか、地域の関わりみたいなことを仕事にできたらとずっと能登に来てから思っていたので、こういうご縁を頂けてすごく自分としても成長できるし、新しい事業としても何か力になれることがあったらいいなと思っています」
「命と同等かそれ以上に大切なこと」
小浦医師は、らいか堂を設立する意義について、日々の外来での実感をもとに語った。「外来で患者が『なんだかすっきりしない、虚しい感じがずっと続いている』と。こういう方に対して病気を、お薬を出してよくしましょうという話ではどうも太刀打ちできないなということを日々感じるようになってきました。我々自身がこうあった、ありたかった姿や、地域というものを失いかけようとしているこの不安、怖さ、辛さ、虚しさというものが我々をずっと取り巻いているのではないかと思ったわけです。あなたを知り、そしてそのあなたらしさというものを一緒に紡ぎ直すという作業は、従来の医療ケア、私たちがやっている病院とか治療といわれるものだけでは決して成し得ない回復であると思います。もっと言うと、命と同等か、あるいはそれ以上に大切なことが世の中にはあるのではないか」

5月3日のオープンに向けて、小浦医師は思いを語った。「この日ばかりは最高に『ハレの日』を皆さんと共に過ごしたいなと思います。本当に笑顔になって楽しいなと思える。ここから何が始まっていくんだろうというところを、お互いにいろいろ言葉を交わしながら『じゃ俺はこんなことをやってみたい』『私はこういうことをやってみたい』『こんな人を連れて行きたい』。そういったことを話しながらやっていければと思っています」二重災害に傷ついた地に、地域の内と外から人々が集まり、一つ一つ手で作り上げていく「らいか堂」。それは医療の枠を超えた、地域の「ありたかった姿」を取り戻すための場所として、扉を開く。
(石川テレビ)
