『私の母は、耳が聞こえない、私が生まれた時には、すでに聴力を失っていたので、母の耳が聞こえないことは、私にとって特別なことではなかった。』こう始まる作文が、全国のコンテストで、福島県初の最高賞を受賞した。福島県泉崎村の中学3年生だった大野結夢さんが、母との暮らしを綴った作文が静かに共感の輪を広げている。
■作文コンテストで最高賞
3月19日、福島県庁を訪問した大野結夢さん。内堀雅雄知事に報告したのが、内閣総理大臣賞の受賞だ。「誰もが困りごとを持っていて、その困りごとの程度や形が違うだけだと思っています。その困りごとを誰もが理解してあげれば、自然と手を差し伸べられる、そんな世界になると思っています」という大野さんに、内堀知事は「すごいです、すごいですね!本当に。いまお話聞いていて、また感激しました」と話した。
泉崎中学校の3年生だった結夢さんは、全国から72万を超える作文が寄せられた「全国中学生人権作文コンテスト」の最高賞を受賞した。福島県内から選ばれたのは初めてのことだ。
大野さんは「私と母の間柄では『人が人を助ける』という風になっているので、そこが世の中にも広まっていってほしいなという思いで書きました」と語る。
【私の母は、耳が聞こえない、私が生まれた時には、すでに聴力を失っていたので、母の耳が聞こえないことは、私にとって特別なことではなかった。聞こえなくても、私の口の動きを見て、熱心に話を聞いてくれる。どんな悩みや辛いことがあっても、母に話すと、すっと心が軽くなるのだ。私にとって、母は一番の心の支えだ。】
■耳が聞こえない母
結夢さんは母について「性格はとても明るくて元気な人。その裏でたくさん悩んできた人でもあると思っています。しっかりしているようで、少し気が抜けている所もあります。そんな所も私は大好きです」と話す。
母のめぐみさんは、20代で急激に聴力が落ち、耳が聞こえなくなった。めぐみさんは「どこでも『治療法はない』『原因も不明だし治療法はない』と言われて、その当時は本当に怖くて、闇の中さまよっているみたいな、そんな気持ちでした」と振り返る。
3人の子どもに恵まれたが、結夢さんが1歳の時に夫に先立たれ、子育ても不安と隣り合わせだった。「子育て中は、泣き声も聞こえない、車の音も聞こえないので、お買い物に行っても駐車場とかで目でしっかり見て子どもに危険がないように。子どもを守ることが難しく感じた」と母・めぐみさんはいう。
■健常者と障がい者ではなく人と人
母の苦労の一端を、小学6年生の時に知った結夢さん。
聴覚障害者の母がいる当たり前の日常から生まれた「理解からはじまること」と題した作文を、こう締めくくった。
『私が、母の障害を特別なことではないと思うように、さまざまな障害の理解が進むことで、障がい者という概念を持たずに、その人自身を見られる世の中になっていってほしい。「健常者が障がい者を助ける」という構図ではなく「人が人を助ける」という考えが大切なのではないだろうか。』
結夢さんの作文を読んだめぐみさんは「何回も聞き返してしまうし、筆談していただくので、負担にならないかな、迷惑にならないかなっていうことは考えてしまう。結夢の作文を読んでみて、ハンディキャップをもった私自身も、しっかり相手に自分が何に困っているのかを伝えることが大切だと思った」と話し、心が軽くなったという。
言語聴覚士などの職業に興味を持つ結夢さんには、広がってほしいと願う社会がある。
「人それぞれの困りごとを理解して、困っている人に自然と手を差し伸べられるようになれば、あたたかい世の中になってくれるかなって思っています。障害とかほかにも様々なことについてアンテナを張って生活していきたいなって思っています」