山下清は、晩年は「東海道五十三次」シリーズに没頭した。陶磁器の絵付けにもチャレンジし、企画展は独特の世界観を楽しむことができる。
遺作となった「東海道五十三次」シリーズ
周囲からの創作活動への大きな期待と、その生きざまが映画やドラマとなり、タレント化する仕事の内容に悩んでいた清。周囲からの勧めもあり、「東海道五十三次」の大作に挑むことになった。
1965年から清のペースでゆっくりと取材旅行が行われた。終点の京都・三条大橋までたどり着いた時には、約4年の月日が経過していた。
そして約2年後の1971年7月10日の夜、脳溢血で倒れた清は、2日後の7月12日、この世を去った。
遺作となった「東海道五十三次」は、全55作品のスケッチが完成されていた。
作品はマジックペンによるペン画で色紙に描かれ、最終的には貼絵にするつもりだったという。この世を去ったあと、色紙をもとに版画となり、完全な形で“遺作”として今に伝えている。
日本一の山「富士山」を愛した清
ぼくは珍しいものをみるのが大すきです そのなかでも日本一というのがいちばん珍しくて すきです なんでも日本一といえば ともかく日本一おもしろいにちがいない(「日本ぶらりぶらり」より)
清は日本一の山である富士山を愛し、何度も作品に描いた。遺作となった「東海道五十三次」シリーズにも富士山がある。
富士山は方々から見たことがあるな もっとよく見ようと思って登ってみたけど 二合目までいったらくたびれてしまって 帰ってきてしまった… ここの富士山が一番でっかく見えるな でっかくてりっぱだけど 道をはしるダンプがこわくて ゆっくりみてられないな ここは変なにおいのするとこだけど 新幹線の窓ごしにみれば においはしないな だけど新幹線はいい景色だからといって ゆっくり走ってくれないな(山下清)
その他にも、富士山はたくさん作品に残している。
清ワールド全開「清語録」
みんなが爆弾なんかつくらないで きれいな花火ばかりつくっていたら きっと戦争なんて 起きなかったんだな(山下清)
企画展には、作品とともに清のコメントも添えられている。生前のインタビュー資料や著作などの資料から抜粋されたものだ。清独特のことばの使い方には優しさと温かさと、素直な心が表れている。
油彩はゴッホの影響を受けていたといわれる清。ゴッホ作品の模写もいくつか残している。
ゴッホが生きている時は絵がさっぱり売れなかったので 今になっていくら絵が高く売れても描いた人はちっとも得をしない(山下清)
作品も添えられた清のコメントにも注目だ。
陶磁器の絵付けにもチャレンジ
清は晩年は陶磁器への絵付けにもチャレンジしている。
企画展にはその作品も楽しむことができる。
「生誕100年 山下清展 百年目の大回想」は4月5日まで長崎県美術館で開催中だ。
巡回展は長崎でラスト。長崎会場限定作品を含む約190点で清の生涯をたどり、清の世界を存分に楽しめる企画展だ。
(テレビ長崎)
