「放浪の天才画家」山下清の企画展が長崎県美術館で開催中だ。幼少期から晩年までの約190点の作品から見えてくる彼の生きざま。独自の世界観を確立するまでの49年間の人生をたどった。

立体感を生む独自の技法

山下清の代表作のひとつ「長岡の花火」。

長岡の花火 1950(昭和25年)貼絵 
長岡の花火 1950(昭和25年)貼絵 
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群衆の数や細かさ、漆黒の空に花開く迫力ある花火が臨場感たっぷりに表現された貼絵は、見る人を感嘆させる。

色紙をこよりにして貼る独自の技法
色紙をこよりにして貼る独自の技法

花火は、色紙を細くちぎってひねり、紐状にした色紙を貼る独自の貼り絵の技法「こより」を使って描かれている。これは清が得意とした独自の技法だ。花火特有の放射状の広がりが、立体的な線となって表現されている。

新潟県長岡市で毎年開催される「長岡まつり大花火大会」
新潟県長岡市で毎年開催される「長岡まつり大花火大会」

新潟県長岡市の花火大会は、空襲で多くの人が亡くなったことから平和の願いを込めて毎年8月に開催され、日本一とも称される大会だ。山下清も大輪の花火に心を奪われて、作品に残したのだった。

貼り絵で開花した才能

山下清は、学校をやめて入所した施設で「貼絵」と出会った。友達がいなかった頃は虫ばかり描いていたが、成長とともに才能が開花する。

剣道 1936(昭和11年)貼絵 
剣道 1936(昭和11年)貼絵 

「剣道」は、貼絵を始めてから2年後の作品だ。この時期はまだちぎり方も荒々しくダイナミックだが、のびのびとした画面を作っている。

初期の作品ながら細かさに圧巻!
初期の作品ながら細かさに圧巻!

人物をよく見ると、身に着けている面の格子が細かく再現されていて見事だ。長崎県美術館の学芸員の松久保修平さんは「このころになると清は人を描くようになり、集団の中で生きていく楽しさが伝わってくる」と話す。

栗 1938(昭和13年)貼絵 
栗 1938(昭和13年)貼絵 

1938年の作品「栗」の貼絵に使っているのは「切手」だ。戦時中で物資がなかなかない時代、身の回りにあるものをうまく使って制作していた。

よく見ると切手の文字が見える
よく見ると切手の文字が見える

切手の文字が見て分かる部分がある。切手の他にも、雑誌などを使って制作していた。

印象的なリュックサックの実物を公開

山下清の代名詞でもある「放浪」。 当時使っていた品が今も残っていて、展覧会ではそれらを見ることができる。

放浪中に使用したリュックサック
放浪中に使用したリュックサック

ドラマでも印象的なリュックサックの中には、茶碗、箸、手拭い、着替え、護身用の石ころ5個を入れていた。画材は持たず、旅先で絵を描くことはなかったそうだ。

放浪中に着用した浴衣
放浪中に着用した浴衣

実際に使っていた浴衣は汚れやほつれがあり、使い込んだ感じを見ることができる。最初の放浪は18歳の時。その後14年間にもわたって放浪の旅は断続的に続いた。

戦争への恐怖が生んだ放浪の旅

なぜ山下清は「放浪」を続けたのか。背景には「戦争」があった。

「戦争よりつらいものはない」
「戦争よりつらいものはない」

山下清は語っている。

「死ぬのは何より一番つらいもので、死ぬまでの苦しみが一番つらい。戦争よりつらいものはない」

鉄条網 1938(昭和13年)貼絵 
鉄条網 1938(昭和13年)貼絵 

当時、山下清は戦場などを描いているが、圧倒的な死への恐怖が彼を追いつめた。戦争の厳しい情勢の中で徴兵されることを恐れ、逃げ出したのが放浪のスタートだった。

放浪が山下清の世界を広げていく
放浪が山下清の世界を広げていく

現実から逃げ出すような動機だった。しかし、日本全国を旅することで、彼自身の世界が広がっていったのだ。

記憶力と集中力が生んだ「旅の絵日記」

山下清は特別高い能力を持っていた。一度見た風景を忘れず詳細に思い出せる記憶力と、精密な作業を続けられる集中力だ。

おいが語る山下清
おいが語る山下清

おいの山下浩さんは「山下清は時間に超正確。時間だけは忘れない」と話す。朝起きると1日のスケジュールを決め、何時から何時まで制作して何時から昼食をとると決めて、その通りに動いていたそうだ。

「旅の絵日記だった」と話す浩さん
「旅の絵日記だった」と話す浩さん

旅先で写生はぜず、日本全国を放浪して見た風景を頭の中に入れ、家に帰ってから絵を描いていた。浩さんは「彼の作品は思い出して描いた作品、つまり旅の絵日記だった」と説明する。見たものを事細かに覚えて、自分のイメージにあわせて制作するスタイルだった。

唯一無二の技術へ

戦後、貼絵はさらに洗練され、唯一無二の技術を昇華していく。

桜島 1954(昭和29年)貼絵
桜島 1954(昭和29年)貼絵

代表作「桜島」。遠くから見ると色の面のように見えるが、近づいて見てみると、貼絵で繊細な色の表現がなされているのが分かる。

約130時間かけて完成させた
約130時間かけて完成させた

制作時間は約130時間。絵の裏に制作した日時が詳細に記されていて、その時間を合計して算出された数字だ。驚異的な集中力と緻密さが分かる。

「技術の最高潮」長崎だけの展示作品

生誕100年を記念した巡回展は、長崎が最後の開催地だ。

長崎の風景 1963(昭和38年)貼絵 十八親和銀行蔵
長崎の風景 1963(昭和38年)貼絵 十八親和銀行蔵

長崎県美術館では15の巡回会場で唯一の作品を見ることができる。長崎市の風頭から見た眺望を描いた作品「長崎の風景」だ。

「彼の技術の最高潮」ともいえる
「彼の技術の最高潮」ともいえる

学芸員の松久保さんは「多くの色を貼り合わせることで複雑な色使い、繊細な表現がなされ、円熟味を感じる。貼絵という技術を自分のものにしていて、細かい紙のかけらと、こよりを自然に組み合わせることで表現をしていく、本当に彼の技術の最高潮」と評価する。

「日本のゴッホ」とも呼ばれた
「日本のゴッホ」とも呼ばれた

文房具店で購入できる一般的な色紙やのりを使い、20~30色程度の組み合わせの妙で独自の世界観を作り上げた、放浪の天才画家・山下清。「日本のゴッホ」とも呼ばれ、ゴッホを意識した自画像や静物画のほか、伊藤若冲の浮世絵から着想を得たニワトリの絵などもある。

「パリのエッフェル塔」記念写真と共に展示
「パリのエッフェル塔」記念写真と共に展示

ただ好きなことを続けただけでなく、画家として技術を磨き極めたからこそ至った境地。49年という短い生涯で独自の世界観を確立し、手作業で生み出された貼絵は、現代を生きる私たちの心をつかんで放さない。「生誕100年山下清展」は、4月5日まで長崎県美術館で開催される。

(テレビ長崎)

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