基本のキ

11月3日、全米でアメリカ大統領選挙の投票が行われます。まずは基本のキから。

Q 誰が投票するのか?

18歳以上のアメリカ市民で有権者登録した人です。もちろん、有権者登録しても、実際には様々な理由で投票しない人もいます。今回の選挙は関心も高く、過去最多の投票数になると予想されており、1億5000万人などと言われます。18歳以上のアメリカ市民であっても、自ら有権者登録していないと投票はできません。投票する権利も主体的に獲得するもの!というのがアメリカ流です。

Q 投票用紙に名前を書き込む?

基本的に書きません。掲載のサンプル投票用紙の通り、マルバツ式というか選択式です。

(投票用紙イメージ)
(投票用紙イメージ)
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大統領選挙の日には、その他の選挙も同時にたくさん行われます。全ての州で必ず行われるのは連邦下院議員選です。州によって連邦上院選、州知事選、住民投票なども行われます。投票は一緒の投票用紙でやっちゃいますので、投票には時間がかかります。投票所のタッチスクリーンで投票する場合はスクロールするとずらずら出てきます。

投票用紙のトップには、大統領選挙の正副大統領候補者名が記載されています。まず、大統領選の選択からスタートします。

投票用紙(州によって異なる)
投票用紙(州によって異なる)

Q 郵便投票が話題になっているのはなぜ?

新型コロナで狭い投票所にいたくない、列になって長時間待ちたくない、投票所のスタッフの安全にも配慮しないといけない…という理由で、郵便投票を含む期日前投票が急拡大しています。ある世論調査では、有権者の60%以上が11月3日以前に投票をしたいと答えています。なお、州によっては期日前投票、不在者投票、郵便投票といった言い方を厳密に区別しません。アメリカらしいおおらかさ?ですよね。

Q 誰でも郵便投票できる?

州によって違います。有権者が何もしなくても有権者登録リストに基づいて郵便投票用紙が送られてくるのはごく限られた州だけです。大抵の州は自分から郵便投票用紙の申請をしなければなりません。一部の州では、郵便投票する相当の理由があると認められないと郵便投票できなかったりします。

郵便投票用紙の申請には〆切があります。州によって違います。返送する場合、11月3日の当日消印有効ですが、2日の消印までしか認めない州もあります。有効な消印が押されていれば11月3日が過ぎても州が決めた期日までに到着すれば開票集計されます。その期日は州によってバラバラです。

(関連記事:米大統領選のカギ握る“郵便投票”に密着!「自宅完結型」投票とは

Q 開票は混乱する?

この選挙では初めて郵便投票する人が数千万人にのぼります。開票作業に当たるのも初めての人たちがいっぱいいます。当然、想像以上に手間取りミスも多発します。それを「不正が行われている!」と言う人たちも出てきます。裁判に発展するケースも少なくないでしょう。混乱しなかったら奇跡です。

加えて、郵便投票の到着期日が投票日の何日も(州によっては数週間)後に設定されていたりするので、選挙事務当局の発表の仕方は慎重になると予想されます。アメリカのメディアもそう易々とは『当確』報道はできないでしょう。投票日の夜に大統領選の当選者が分かる可能性は低いと見られています。

Q大統領選挙人って?

アメリカ大統領選挙を分かりにくくしているのが「大統領選挙人」ですよね。詳しくは後半を読んでいただきたいのですが、一言で言うと、有権者は大統領を選んで投票するのですが、開票されて「得票数」という数字になった途端に、異次元の世界にワープしてしまいます。それは、『アメリカ合衆国大統領は、州の意思を体した州の代表=「大統領選挙人」の投票によって決める』というアメリカ建国以来の政治文化の世界です。

有権者一人一人の意思(バイデンORトランプ)を州としての意思に転換する装置が州の代表となる『大統領選挙人』制度です。そして、州の意思をMAXに増幅する装置が『勝者総取り』なのです。

(関連記事:「アイオワを制するものは大統領選を制す」のはなぜ? アメリカ大統領選挙の仕組みを9カ月かけて学ぶ

大統領選挙人と勝者総取り

では、ここからは大統領選挙人と勝者総取りについての解説編です。
たった2つの基本で分かるアメリカ大統領の選び方です。

2つの基本:
① アメリカ合衆国大統領は各州の代表が投票で決める
② 11月3日は州ごとにその州の代表を決める選挙

基本①にはアメリカ合衆国の国としての姿と240年の歴史が丸ごと込められています。すなわち、アメリカは50の州による合衆国であって、建国以来、合衆国全体に関わることは、州の代表によって決められてきました。

分かりやすい例は首都ワシントンの連邦議会上院と下院です。上院では50州がその大小にかかわらずそれぞれ2人ずつ、あわせて100人の代表=上院議員が、下院は50州それぞれの人口に応じて(約70万人に1人。1票の格差はほとんどなし)選ばれた435人の代表=下院議員が、ともに合衆国全体に関わる立法を行います。

大統領を決める各州の代表の数は538人。「大統領選挙人」と呼ばれますが、実態は各州の代表者です。それはこの人数にも表われていて、上院議員100人+下院議員435人と同数の535人、プラス連邦議員のいない首都ワシントンDCの代表3人の合計538人です。

余談ですが、日本のメディアでも引用されるアメリカの選挙分析サイトFiveThirtyEightは、この538人に由来します。

538人を州ごとに分解すると、その州の上院議員2プラス人口比に応じた下院議員と同数になり、例えばフロリダ州は2+27で29人。ペンシルベニア州は2+18人で20人など、人口が多い州ほど多くなり、大統領選での比重も大きくなります。

ここで「勝者総取り」という日本では馴染みのない制度の背景を説明します。基本②とも関係するのですが、各州の代表538人が投票で決めるのなら、例えばA州の意思は明確に打ち出すに越したことはないし、数の重みも違うので、A州が推す大統領候補者は一人だけと州が決めます。11月3日の選挙で1票でも多く獲得した候補者がA州の代表全員によって支持されることになる。その一人だけを決定するための「勝者総取り」なのです。

有権者一人一人の投票が、『勝者総取り』という装置によって増幅され、州の意思を体した州の代表=大統領選挙人の数に変換される訳です。

現在、勝者総取りを採用していないのは、メーン州とネブラスカ州の2州だけですが、代表者の数はそれぞれ4人と5人で、大勢への影響はそもそも限定的です。人口が多い州ほど「勝者総取り」のメリットも大きいといえます。

選挙人のその後の動き

538人は、12月14日にそれぞれの州都に集まり、大統領を決める投票を行います。投票は封印されたまま、11月3日の選挙結果についての州知事の報告書と一緒に、首都ワシントンDCの連邦上院議長=副大統領宛に書留で送られます。開票は2021年1月6日に連邦議会で行われます。

「大統領選挙人」という呼び方はそれとして、各州の代表が大統領を決めるんだと理解しておくと応用も利きます。それは1月6日の開票で大統領が決定できず、そのまま連邦議会で大統領と副大統領を選出する場合のことです。ここでは「大統領選挙人」の出番はありませんが、下院議員、上院議員はそもそも各州の代表です。

ですから、①アメリカ大統領は各州の代表が投票で決めるという基本はこの場合も担保されるのです。基本②もアメリカが合衆国であることの現れです。

つまり、州のことは州が決めます。呼び方は「大統領選挙人」であっても、実態は州の代表なので、その選び方・決め方は州が独自に決めることです。郵便投票をやるのかやらないのか、不在者投票を何月何日から始めるか、郵便投票用紙の到着をいつまで待って集計するか、開票結果が僅差の場合の再集計の規定などなど、選挙の実施にかかわるほぼ全てのことを決めるのは州政府の権限です。だから州によって決めごとがバラバラになります。それでいいんです。

州が決められないのは投票日と選出する代表者の人数だけと言っていいでしょう。投票日の期日は、合衆国憲法により全米で同一の日とだけ記されていて、それを受けた連邦法によって11月の第一月曜日の翌日の火曜日と定められています。代表者の人数は、上院議員分の2人は固定。下院議員分は10年ごとに行われる全米国勢調査の結果を受けて各州に再配分される下院議員の数に連動して変わります。

選挙の実施について州が決めたことに問題が生じた場合は、州の司法制度によって解決が図られます。大統領選をめぐり全米で数百件の訴訟が起こされていると伝えられますが、そのほぼ全ては州の最高裁までで決着します。開票をめぐる問題についても更に多くが提訴されるでしょうが同様に州の司法制度の中で決着が図られます。ただし、州の決定が連邦法や合衆国憲法と衝突する可能性がある場合は、連邦最高裁判所が最終判断することになります。

その時は、先日のバレット判事の就任で全9人の最高裁判事のうち6人が保守派となったことが、トランプ大統領の思惑通りに働くかどうか、すなわち連邦最高裁も分断政治化するのか注目されます。その判断次第で、2021年以降のアメリカ社会と政治の基調が決まると言っても過言ではありません。

2016年大統領選でヒラリー・クリントン候補が得票数でトランプ候補を280万票あまり上回ったのに、大統領選挙人の数で74人の差をつけられて敗退したのは、①アメリカ合衆国大統領は各州の代表が投票で決める…という原則に照らせば当たり前のことです。

それについて、分かりにくい、非合理的、民主主義的でないといった批判があり、全米規模で1票でも多く獲得した候補者が勝者となるべきだという主張も聞かれます。それはそうかもしれませんが、筆者からすれば、合衆国であるアメリカの成り立ちや建国以来の歴史を無視しているとしか思えません。

もう一つ。1票でも多く獲得した方が勝ちとなると、共和党は今後、大統領選で勝つ見込みは限りなくゼロです。支持基盤の白人・男性・高齢者が今後ますます縮んでいくからです。遠い将来まで、共和党が今の大統領選挙制度の改正に賛成することはないでしょう。今からでも共和党が21世紀型に進化できるかが問われています。

選挙制度が変わる可能性は低い。それがアメリカ大統領選挙ウォッチャーは、今の制度とだからこその選挙戦略の勉強を欠かせない所以なのです。

(関連記事:“負けられない州”で激突 両候補が同じ町で同時間に集会 アメリカ大統領選最新情報

【執筆:フジテレビ 解説委員 風間晋】
【図解イラスト:さいとうひさし】

風間晋
風間晋

通訳をし握手の感触も覚えていたチャウシェスクが銃殺された時、東西冷戦が終焉した時、現実は『過去』を軽々と超えるものだと肝に銘じました。
「共通の価値観」が薄れ、米も中露印も「自国第一」に走る今だからこそ、情報を鵜呑みにせず、通説に迎合せず、内外の動きを読み解こうと思います。
フジテレビ報道局解説委員。現在、FNN Live news α、めざまし8にレギュラー出演中。FNNニュースJAPAN編集長、ワシントン支局長、ニューヨーク支局記者など歴任。