違憲裁判、だから無罪は早合点

9日に始まったトランプ前大統領の弾劾裁判。アメリカからの報道では、「早期決着し、まあ無罪でしょう」との見通しが大勢だ。でも、弾劾成立の可能性はないのか?共和党のメインストリームは、本当にそれでいいのか?

“斜め視線”で考えてみた。

「まあ無罪」の最大の拠り所は、1月26日に上院本会議で行われた「退任した大統領を弾劾するのは違憲」とする手続きに、共和党議員45人が賛成したこと。2月9日に行われた「この弾劾裁判は違憲」とする採決でも、共和党議員44人が賛成した。トランプを裁くことに賛成なのは5~6人止まりで、弾劾の成立に必要な17人には遠く及ばない。これでは有罪は無理でしょ、という分析だ。

 
 
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でも、待ってほしい。この論法には説明されていない2つの大前提がある。

① 弾劾裁判は違憲だとする共和党議員は「無罪」投票する

② 共和党議員50人は、投票の際に出席する、の2点だ。

まず、①についてだが、裁判自体が違憲なのに、それに「無罪」投票するという形で主体的に関与するのは矛盾していないだろうか?

そもそも1月26日と2月9日の投票は、トランプの有罪無罪を問うのではなくて、トランプに限らず、既にその職にない大統領経験者の弾劾を、合衆国憲法が認めているのかどうかについてだ。したがって、トランプは弾劾に値する罪を犯したと考えている議員であっても、裁判は違憲だという見解を持っていて全くおかしくない。違憲と投票したからといって、「トランプは無罪」に必ず投票すると考えるのは早計だ。

おいおい、いくら何でも屁理屈が過ぎるぞ!と思う読者もいるかもしれないが、連邦上院議員や議員スタッフには弁護士資格を持っている人が少なくない。そんな理屈を考えても不思議はない。

では、弾劾裁判は違憲とする議員はどう行動するか?

アメリカ・メディアの大勢は、違憲だけれど「無罪」の投票をするとしている。多くの上院議員に直接、ないし議員のスタッフに間接的に取材してそう見通しているのだとは思う。だからその可能性は高い。

でも、敢えて言う。違憲な裁判には関わらない(オブザーバー的に傍聴するとしても、主体的に投票はしない)という判断もありなのではないか?

違憲の弾劾裁判への向き合いとしてはその方が根源的で正しいのでは?

裁判は違憲だがトランプは罪を犯したと考えている議員はどうしたらいい?

「欠席」だ。

もしそうなら、②の共和党議員50人が全員出席という大前提も変動する。

弾劾成立には出席議員の3分の2の賛成が必要だから、上院議員100人全員が出席の場合、67人になる。そのうち50人は民主党議員全員。残る17人が共和党議員という計算だ。

しかし、分母の出席議員が減れば、賛成議員の数も少なくていい。現状、弾劾裁判は「合憲」に投票した共和党議員は「有罪」投票の意思表示をしている。賛成が56人で有罪が成立する分母の出席議員は84人だ。つまり共和党議員16人が欠席すれば、トランプは有罪となる。賛成がさらに増えれば、欠席はもっと少なくて済む。

大事なのは、単に欠席するのと、“違憲だから欠席”するのとでは意味が全く違うことだ。前者は反トランプと受け止められても、後者なら合衆国憲法と真摯に向き合った結果だと説明できる。議員ならそれくらいは考えるだろう。

反『トランプ党』議員にとっては一発勝負

そもそも共和党上院議員は、現在と将来の共和党とトランプの関係をどう思っているのだろう。面白くはないが、根強い人気があり下手をすると痛い目に遭う。当面、上手く付き合うしかない‥という感じかな。

特に2022年11月の中間選挙で再選がかかる議員はそうだ。フロリダ州選出のマルコ・ルビオ議員が典型例で、大統領選でフロリダ州を予想外の大差で制したトランプ氏とその支持者たちを怒らせることはできない。

フロリダ州選出のマルコ・ルビオ議員
フロリダ州選出のマルコ・ルビオ議員

1月26日の違憲動議を主導したランド・ポール議員も2022年が改選期だ。

逆に言うと、その中間選挙に出ない共和党現職は、比較的とらわれずに判断できる。だからこそ、4年後、6年後まで『トランプ党』状態が続くとしたら?という点も考えて、この弾劾裁判での判断をするのではないか。

反『トランプ党』議員にとって肝心なことは、勝負するなら決して負けられない。一発アウトに仕留めなければ先々心配でならないことだろう。そのためには、正に勝負の時まで、自分の投票行動、あるいは「欠席」は誰にも悟られないようにすること。そして、自分と同じ考えの仲間がいると確信できることではないだろうか。

キーマンはマコーネル院内総務

そこでキーパーソンとなるのがミッチ・マコーネル共和党上院院内総務だ。

ミッチ・マコーネル共和党上院院内総務
ミッチ・マコーネル共和党上院院内総務

1月6日の議会襲撃事件以降、「トランプは弾劾に値する」「保守主義と狂気は別物」「(Qアノンを吹聴する新人下院議員マージョリー・テイラー・グリーン議員について)共和党のガン」といったコメント。そして、弾劾訴追に賛成して非難を浴びる下院共和党ナンバー3のリズ・チェイニー議員を公に擁護したことなどから、マコーネルはトランプではなくて共和党を救おうとしているのは明らかだ。

トランプ無罪で共和党上院議員をまとめようという姿勢も示していない。

しかし、1月26日と2月9日に、いずれも「違憲」の意思表示をした。何故だろう。それは、2007年1月から上院共和党のリーダーの立場にあり、「リーダーは多数意見をまとめ、多数意見とともにいるべき」という職務意識のなせるところなのだと思う。リーダーが孤立していたら話にならない。

「この弾劾裁判は違憲」が共和党議員50人の多数意見で、それを変えられないのならそちら側に身を置いて、別の可能性を考える。17人が「トランプは有罪」に投票するのは非現実的なら、その現実を受け入れた上で打開策を探る。たった50人を相手に弾劾を決することができ、ここで共和党を取り戻そうというのなら、その解は「欠席」議員を16人確保することではないか?

1985年から上院議員を続けていて、リーダー歴も15年目に入っているマコーネルは、50人の共和党現職の一人一人について、その思想信条、考え方、人間的強み弱み、そして選挙区事情も把握しているはずだ。トランプについてどの議員がどんな感情を抱いているかも分かっているだろう。「欠席」をとりまとめるとしたら彼しかいない。

マコーネルはこれまでに2度、タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれている。2015年にはオバマ大統領を徹底的に妨害し阻止した。2019年にはトランプ大統領との強力タッグを組んだ。

その彼が、「欠席」作戦をとれなかったとしたら、それは議会上院という彼の本拠地で戦わずしてトランプに屈服したことになる。そして、共和党は当面、『トランプ党』のままということを意味する。

そんな"斜め視線"で弾劾裁判の行方をフォローしていると、より楽しめること請け合いだ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 風間晋】

風間晋
風間晋

通訳をし握手の感触も覚えていたチャウシェスクが銃殺された時、東西冷戦が終焉した時、現実は『過去』を軽々と超えるものだと肝に銘じました。
「共通の価値観」が薄れ、米も中露印も「自国第一」に走る今だからこそ、情報を鵜呑みにせず、通説に迎合せず、内外の動きを読み解こうと思います。
フジテレビ報道局解説委員。現在、FNN Live news α、めざまし8にレギュラー出演中。FNNニュースJAPAN編集長、ワシントン支局長、ニューヨーク支局記者など歴任。