国会議員ってどんな人?我々政治記者がよく聞かれる最も素朴な質問だ。
日本には衆・参合わせて700人以上の国会議員がいるが、大手メディアで取り上げられるのは一握りだけ。しかし、熾烈な選挙を勝ち抜いてきた国会議員たちには、全国的な知名度はなくとも、驚異的な能力・特技を持った人や、人間味に溢れた魅力的な人が多い。
フジテレビ政治部は、そんな“知る人ぞ知る”国会議員にバトンリレー形式で連続インタビューし、「日本の国会議員」の実像をお伝えする。
2歳から世界を転々―商社で見た“日本の現実”
向山淳さん(42)は衆議院議員として現在2期目。「ムコジュン」の愛称で呼ばれている。
慶應義塾大学卒業後、三菱商事に入社。机を並べて一緒に仕事をしていた後輩と結婚し、退職と出産を経て政治の道へ進んだ。原点は幼少期の海外生活だ。
2歳でペルーに渡り、その後アメリカ、アルゼンチンなどで暮らした。
誘拐保険が必要な治安、高額な医療費、経済破綻による貧困——日本との違いを肌で感じてきた。
「日本の良さを痛感した」と語る向山さんは「日本経済の一翼を担いたい」という思いで商社へ。しかし、13年間の勤務で、日本の競争力が静かに後退していく現実に直面する。
「国としてもっとできるのでは」という思いが積み重なっていった。
「自分の生きる意義は何?」肩書きが消えた日
夫の転勤を機に退職し、妊活に取り組んだ時期。不妊に苦労し、これまでにない“空白”と向き合うことになる。
「名刺もない、理想の家族像もない。そんな時に『自分の生きる意義は何だろう?』と真剣に考えた」
悩み続けた先で出した結論が、政治の道だった。
「日本が世界で輝き、国民が幸せになること。そのために自分の人生をかけて取り組むことが自分の幸せなのではないか」と感じたという。
0歳児とハーバードへ
娘を出産した直後、向山さんは0歳の娘を連れてハーバード大学院に私費留学する。商社時代に貯めた資金で政策を学んだ。
その後、夫の家族が住む函館を地盤とする選挙区から自民党の候補者として立候補し、2024年に衆議院議員となる。
現在、娘は小学3年生。函館で子育てをしながら永田町を往復する生活が続く。
「土日のラジオ体操が娘との大事な時間」と話す。
地元を回る際には「好きな景色ベスト10」を心の中でつけるのが気分転換。道南の風景は「永遠に胸に収めたいほど美しい」という。
好きな曲はGLAYの「春を愛する人」。北海道の情景が浮かんでくる一曲だ。
目指すのは「ピリリと光る日本」
日本の未来像を尋ねると、「ピリリと光る国」という言葉が返ってきた。
小粒の山椒が浮かぶが、向山さんは「日本らしい『特性』があり、世界の中で生き抜いていく『存在感のある国』であってほしい」と話す。
「GDPでアメリカや中国に対抗していくのは難しいが、日本には文化、治安、技術、経済など世界で力を発揮できる潜在力がある」
カギとなる “地方の力”
その実現には地方の活力が欠かせない。
「東京一極集中ではなく、地方が日本の活性化を主導していく」
話題が北海道の食に及ぶと、向山さんは目を輝かせながら地元・道南の食材を挙げた。
「ホタテ、戸井マグロ、ジャガイモ…めちゃめちゃ色んなものを作っていまして…」
だが、その背後には「食料安全保障」という重要なテーマがある。
絶品食材に隠れた“安全保障のリアル”
北海道は食料自給率が約220%と突出しているが、日本全体では約38%。主要先進国では最低水準だ。
向山さんは中東情勢にも触れ、「ホルムズ海峡の封鎖についても原油ばかりが話題になるが、日本は肥料の多くを輸入に頼っていることもポイントだ」と指摘する。
国際情勢が不安定さを増す中、「サプライチェーンが止まれば国民が食べられない状況にある」と危機感を示す。

「函館、北海道がいかに食料安全保障を支えているか。食料庫たる生産地域の声は中核として考えていなかなければいけない」と強調する。
農業や漁業の担い手不足についても「稼げる産業にすることが食料安全保障に繋がる」と語った。
「スルメイカ」と呼ばれた理由
向山氏にこれまで取り組んだ社会課題を尋ねると、飛び出したのは「スルメイカ」の話だった。
2025年、漁獲可能量(TAC=Total Allowable Catch)が原因でスルメイカ漁が突然止まった問題だ。TACは水産庁が過去の実績などをもとに種類ごとの年間上限を決め、乱獲防止を目的に運用している。
しかし20年近く不漁だったスルメイカは、この年に状況が一変。
上限を大幅に超える「豊漁」となり、逆に漁ができない事態に陥った。
「目の前にイカがいるのにおかしい」「明日からどうやって稼げばいいんだ」
当時の漁師たちは、そう困惑していたという。
向山さんは水産庁や北海道、党内関係者らと連携し、最終的に漁の再開を実現したが、「完全な『制度の歪み』だった」と話す。
この一件で、党内でのあだ名は「スルメイカ」に。翌2026年度には漁獲可能量の増枠も決まった。
「地元の声」と「国の課題」どうつなぐ?
向山さんが大切にしているのは「ミクロ」と「マクロ」両方の視点を持つことだ。
地元の漁師の声に耳を傾けることは大切だが、「単なる利益誘導型の政治になってはいけない。この声を聞くことが日本全体の将来の漁業振興に寄与するのか?といったマクロの視点を持たなければならない」と話す。
「私たちの世代は『新幹線を引っぱる』『橋を作る』世代ではない。限られた予算と人口減少の中で、いわば『プロジェクトコーディネーター』として国のありたい姿と地元の課題を解決するための『つなぎ役』になっていかなければならない」
それが向山さんの考える政治家の役割だ。
スルメイカ問題から見る安全保障
向山さんのスルメイカの話は止まらない。もし、漁師が廃業してしまったら…これは国家の安全保障ともリンクするという。
2025年の休漁時、函館の漁業関係者からは「このままだと漁師がいなくなる」という声が上がっていた。
もし廃業となれば「人は戻って来ない。津軽海峡沿いに人が住んでいない街ができてしまう」と向山さんは話す。
函館と本州の間に位置する津軽海峡では、中国やロシアの軍艦などが航行している現実がある。
「前浜に人が住んでいるということは、安全保障上の非常に大きな観点だ」と向山さんは指摘する。
漁師の生活、持続可能な漁業と資源管理、そして国の安全保障・・・これらは全てつながっている。
「いろんな視点を持って考え、解決をしていくのが自分の仕事です」と語った。
