仙台放送が継続的にお伝えしている、宮城県女川町出身の絵本作家神田瑞季さんです。
3月11日に合わせて毎年、故郷・女川で個展を開いていますが、今年は震災発生直後に描いた絵を今の感性でもう1度描きました。作品にはこの15年の町や心の変化があらわれています。

女川町で開かれた町出身の絵本作家神田瑞季さんの個展。2021年から毎年、3月11日に合わせ、開いているもので、6回目を迎えました。

海岸で子供たちが大輪の花火を見上げている作品。今回の新作ですが、神田さんが15年前、震災発生の1カ月後に描いた「生きる」という作品をリメイクしたものです。

個展に向けた準備は去年12月から始まっていました。当時の作品を見ながら、丁寧に筆を進めます。

神田瑞季さん
「思い出しますねやっぱりこの時の塗っている感じとか。(当時は)物資でしたね、いただいたもので描いてましたね。水もそんなに使っちゃいけないと思って、ペットボトルのキャップにくんだ水で」

神田さんの故郷・女川町は、東日本大震災で大きな被害を受け、615人が亡くなり、(関連死も含む)今も257人の行方が分かっていません。
神田さんは、一緒に住んでいた祖父の明夫さんを亡くしました。
そんな中、中学校の先生に支援へのお礼として絵を頼まれ描いたのがこの作品でした。

神田瑞季さん
「本当は頑張りたくない、現実と向き合いたくないけれど、向き合わざるを得ない子供たちで、自分を奮い立たせるために手をつないで現実と向き合っている、私の心情の部分もあった」

神田さんが震災発生後初めて描いたこの作品は、のちに、町内の水産加工会社の商品パッケージにも使われて、多くの人の目に触れ、神田さんにとって特別な作品になりました。

神田瑞季さん
「見る人によっては頑張ろうと思える、ポジティブな意味に捉えて下さったり、可愛い絵だよねとか、自分はすごく苦しくてというものを表現しただけだったんですけど、絵を描いて発信していくきっかけになった1枚だった。」

「自分の絵が誰かの力になれる」そう実感した神田さんは、その後、色で町を元気づけようと、がれき処理場の壁に絵を描いたり、自身の震災体験をもとに絵本を制作したり、表現を続けてきました。

そして、震災発生から15年。自身の「原点」とも言える作品を再び描くことにしました。
舞台に選んだのは女川町で毎年開かれる「おながわみなと祭り」です。

神田瑞季さん
「お祭りに行くっていうのが、毎年このへんに住んでる方たちの大イベントだったので、私も楽しみに毎年行ってました。」

去年は、娘の弓ちゃん(4)も連れて訪れました。神田さんは、震災前は当たり前だったまつりの風景を特別に感じるようになったと言います。

神田瑞季さん
「町がすごく生き生きしていて、町が生きている証なんだな、お祭りって。というふうに、震災後初めてお祭りのありがたさ、素晴らしさ、それ自体の生命力の強さみたいなものを感じたのを覚えてます。お祭りの風景っていうのは、震災当時から諦めないで踏ん張って生きてきてくれた人たちの結晶というか。」

震災発生直後に描いた作品「生きる」は、がれきを前に手をつなぎ一生懸命に立ち向かう子供たちの絵でした。
今回の作品「ひかり」は、子供たちが安心してお祭りを楽しむ様子をたくさんの色で表現しました。
作品には、15年前の自分や当時の子どもたちへの思いも込められています。

神田瑞季さん
「踏ん張ってきた人たちっていうのは、いわゆる復興に関わってきた大人たちだけを指しているのではなくて、あの時訳も分からず過ごしていた小学生とか中高生、大人じゃない人たちもやっぱりそれぞれ色んな局面で踏ん張って、みんな生きてこられたと思うんです。自分も含め、肯定してあげたい。今そこにあなたがいるっていうことが素晴らしいよねっていうこと」

今回の個展では「ひかり」を含む、4つの作品を展示して、訪れた人に思いを届けました。

訪れた人は
「花火見てんのかな、かわいいね、すごい」
「ずっと震災を忘れないで描いてほしいなって思います」

神田さんはこれからも自分らしいやり方で震災と向き合いたいと話します。

神田瑞季さん
「皆さんがお花を供えるように、私は色をお供えする方法で、毎年3.11に向き合えたら、私自身もそうですし、祖父もきっと喜んでくれるかなっていうところがあるので、できる限り続けさせて頂けたらうれしいなっていうところです。」

仙台放送
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