「焼き物の町」に新たな風が吹いている。全国有数の「焼き物の産地」である長崎と佐賀の窯元がチームを組み、ヨーロッパで初めて商談会を開いた。売り上げ減少や後継者不足に悩む伝統産業の新たな挑戦に密着した。
10社の窯元が海外へ進出
1月31日。長崎空港に、波佐見焼、有田焼、伊万里焼の10社の窯元が集まった。
海外に新たな販路を見出すべく、ヨーロッパで商談会を行うためだ。
ARITA PLUSの寺内信二さんは、焼き物と資料を入れた大型のスーツケースを用意。「渡すものは40社分くらい。せっかく行くから1つや2つ、実のある事業にできれば」と、意気込みを見せる。
田清窯の江口智穂さんは「異国の地に行く商談会も初めてなので不安が9割。飛び立ってみたら、何とかなるので頑張っていく」と決意を見せた。
3つの窯元で「肥前ヌーボー」始動
普段は拠点、作風、販売スタイルが異なる窯元たちが、今回初めて1つのチームを作った。
掲げたプロジェクトは「肥前ヌーボー」。長崎と佐賀から焼き物の新たなトレンドを広げようと、ヨーロッパでの販路の開拓を目指す。
挑戦の第一歩の場所に選んだのは、日本文化への理解が深いフランスだ。
窯元たちは、この日のために選び抜いた商品を飾り、準備を進める。
一真窯の眞崎棟史さんは、「うちは手彫りがメインなんですけど、なぜ機械でやらずに手彫りでやるのか。人の手が加わることで器に入る職人さんの思いや温かみを大切にしていこうとする価値観を伝えたい」と話した。
海外に新たな販路を目指して
波佐見、有田、伊万里は、江戸時代から「焼き物の町」として発展してきた。
しかし、最近では売り上げの減少や後継者の不足などを背景に事業所の数は減り続け、1990年頃に比べると6割ほどになった。
西九州の産地で作る肥前陶磁器商工協同組合も2024年に解散を発表。窯元同士の連携が課題となる中、改めて手を取り合い、海外に突破口を求めたのだ。
守り伝え続けた400年のやきものの歴史と伝統。海外の人たちの反応は…。
言葉の壁を越え、直接魅力を伝える
商談会の会場は、ピカソ美術館に近い「マレ地区」のギャラリー。
目利きの集まるエリアとして知られる場所で、まずは認知度アップを目指した。
商談会は開始を待つ人が出るほどの注目度で、現地メディアやバイヤー、飲食店の関係者、インフルエンサーなど約100人が訪れた。
通りがかりの人も次々と訪れ、会場は一時歩くのも難しいほどのにぎわいとなった。
デザインや技術、製作の工程だけでなく、歴史や実際の使い方など、質問が止まらない。
訪れた人は「とてもおもしろい。手彫りの技術を見るのは初めてで、素晴らしいと思う」と感想を述べた。
職人魂に国境はない
約7時間の商談会は、最後まで訪問者が途切れることはなかった。具体的な取り引きの相談も持ち掛けられ、参加者は手応えを感じていた。
田清窯の江口智穂さんは「有田は作るのは得意だけど、発信がなかなかできていなかった。お客さんの反応を直接聞けたのでとても勉強になったし、今後につなげていきたいという気持ちでいっぱい」と振り返った。
一真窯の眞崎棟史さんは、ワーキングホリデーで身につけた英語力で器の魅力を直接伝えた。「一真窯の思いや器にかける職人魂は国境がないと思った。国を越えて伝えていくことで、それがゆくゆくは心を豊かにして、世界をより良くしていくんじゃないか。これからどういう付き合いが発生するのか楽しみ」と、今後に希望を見出した。
「400年の伝統」挑戦は始まったばかり
400年を超える伝統の先にある、新しい価値。
これまで波佐見、有田、伊万里が個別にやってきたことや、商社に任せていた「ブランド確立」や「発信力」を磨く必要性を感じた今、このつながりを活かしたブランドの発信を続けたいという。
1、2年後には再び商談会を開く計画もある。「肥前ヌーボー」の挑戦は、国境を越え、やきものの伝統を次の世代につなぐ一歩となった。
(テレビ長崎)
