かつて「東洋の白銀」と称され、海外への重要な輸出品として重宝された天然樟脳。その「製造創業の地」とされる鹿児島県日置市東市来町美山で、2026年、長年途絶えていた伝統的な天然樟脳の製造がついに復活した。復活の立役者は、約420年前に樟脳の製法を伝えた朝鮮陶工の子孫でもある薩摩焼作家、十五代沈壽官さん。「あの頃の人たちの思いに応えることにもなる」――歴史の重みを背負いながら、美山発の新たな挑戦が始まっている。

薩摩焼と同じ歴史を歩む「もう一つの特産品」

多くの窯元や工房、飲食店が集まる薩摩焼の里として知られる鹿児島県日置市東市来町美山。上品な薩摩焼の陶器が並ぶ店内の一角に、静かに置かれているのが「薩摩樟脳」だ。

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美山の歴史は約420年前にさかのぼる。朝鮮陶工によって薩摩焼の製法が伝えられたのと時を同じくして、陶工のひとりが天然樟脳の製法も伝えた。これが日本における「樟脳製造創業の地」とされる由来だ。薩摩焼と肩を並べる歴史的な特産品でありながら、その存在を知る人は必ずしも多くはない。

クスノキを蒸留して作られる樟脳は、防虫剤や気つけ薬として長らく重宝されてきた。その香りを一言で表すなら、「ミントのような爽快感があります。森林の中を歩いているかのような清々しい爽やかな香りがします」という言葉がよく似合う。

蒸留から結晶へ――製造の現場

樟脳が作られているのは、2026年3月にオープンしたばかりの製造所だ。「すでに木のいい香りがしますね」と思わず口をついて出るほど、施設に入った瞬間からクスノキの香りが漂う。

製造工程はこうだ。まず約70キロのクスノキのチップを蒸留器に入れ、1時間かけて蒸していく。発生した蒸気を冷却槽で冷やすと、蓋や側面に白い結晶が付着する。それを集めて乾燥させたものが「樟脳」となる。

一見シンプルに見えるこの工程だが、天然樟脳ならではの難しさがある。製造を担う壽官陶苑の新川光郎さんはこう語る。「季節によって香りも違うし、樟脳の抽出度も変わってくる。蒸す時間だけではなく原料によっても1年を通じて変わってくるので非常に抽出の仕方は難しい」。自然由来の素材と向き合い続ける職人の言葉には、製造現場の緊張感がにじむ。

「東洋の白銀」の盛衰

樟脳はかつて、日本の重要な輸出産業を支える素材だった。江戸時代には海外への輸出品として盛んに製造され、戦後はタバコや塩と並ぶ専売品として政府が販売・輸出入を管理する専売公社も設立されたほどだ。「東洋の白銀」という異名は、その経済的な価値の大きさを物語っている。

しかし安価な合成樟脳が台頭すると、1962年に専売品から除外され、美山でも生産は徐々に衰退の一途をたどった。伝統的な天然樟脳の製造は途絶え、その歴史は長らく石碑の中にのみ刻まれていた。

復活を牽引した「朝鮮陶工の子孫」

天然樟脳の歴史と価値を未来につなごうと、製造復活の中心を担ったのが朝鮮陶工の子孫であり薩摩焼作家でもある、十五代沈壽官さんだ。

「歴史的に関わりがあり、社会的にも意義があることをしたいことから気がついたのが樟脳復活事業だった」と沈壽官さんは語る。先祖が製法を伝えた地で、その製造を再び灯す。単なる産業の復活にとどまらない、深い使命感がそこにある。

さらに沈壽官さんは、天然樟脳の復活が鹿児島県の県木であるクスノキの有効活用にもつながると強調する。「クスノキはご存知の通り樹形も悪くて建材にも向かないし、香りのせいで逆にパルプの原料としても引き取ってもらえない中で、チップにして燃やすだけの原料になってしまっているのがもったいない。そういったものでも上手に活用してもう一回みんなの生活に役立てることができたら」。廃棄されがちだったクスノキを地域資源として見直す視点は、地域経済の循環という観点からも注目に値する。

製造所の前には、美山が樟脳製造創業の地であることを伝える石碑が建てられている。その碑の前で樟脳を作ることができている意味を、沈壽官さんはこう表現した。「あの頃の人たちの思いに応えることにもなる」。

天然樟脳の効果――研究者の視点から

では天然樟脳には、実際にどのような効果が期待できるのか。香りがもたらす作用を研究する鹿児島大学大学院の柏谷英樹講師に聞いた。

「非常にスパイシーな香りがして今までは虫除けなどに使われてきた」と柏谷講師は説明した上で、防カビや消臭効果にも言及する。「下駄箱に置いて消臭効果を期待するという使い方も考えられる」という。芳香剤や消臭アイテムとして日常生活への溶け込み方は幅広い。

一方で、科学的な根拠については慎重な見方も示した。「科学的にどこまで証明されているか、エビデンスが出てきていないが、好きな人は嗅いで心が落ち着く人がいるのでは」。実用的な効能の検証は今後の研究課題としながらも、香りがもたらす精神的な安らぎという側面は確かに存在すると示唆している。

美山から全国へ――「薩摩樟脳」の今

現在、美山の沈壽官窯では「本場薩摩樟脳」として小分けの袋に入ったものと、スプレータイプのアロマミストの2種類が販売されている。防虫・消臭といった伝統的な用途はもちろん、アロマとして日常に香りを取り入れる現代的な使い方まで、幅広い層への訴求を見据えた展開だ。

約420年の歴史を持ちながら、長らく途絶えていた「薩摩樟脳」。鹿児島発・美山発の天然樟脳が、地域の有志の手によって再び脚光を浴びようとしている。過去の人々の思いを受け継ぎながら、この白い結晶は現代の生活の中へと静かに広がっていく。

【動画で見る▶創業の地・美山で復活 天然樟脳 製造復活に込めた思い【鹿児島】】

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