東京から長崎県東彼杵郡波佐見町(ひがしそのぎぐんはさみちょう)に移住し、陶芸家として活動する男性がいる。前職は“ソムリエ”。陶芸家のなり手不足が進み衰退する焼き物の町で、新たな作品作りを目指す男性の思いに迫った。

移住した元ソムリエが作る“唯一無二の作品”

ひもの揺れによって生まれる“唯一無二の文様”。

釉薬が流れる筋がデザインになる
釉薬が流れる筋がデザインになる
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様々な色のオリジナルの釉薬を組み合わせ、陶器の板“陶板”をキャンバスに、重力と遠心力でひもの軌道を刻む。

金澤貴彦さんのオリジナル作品(角皿)
金澤貴彦さんのオリジナル作品(角皿)

陶芸家、金澤貴彦さんのオリジナル作品だ。

波佐見町に移住した金澤貴彦さん
波佐見町に移住した金澤貴彦さん

金澤さんは東京出身の42歳。2025年9月、東彼波佐見町に移住し、創作活動を始めた。「再現性の難しいもの、自分の中ではこうなったらいいなが全く反映されない、コントロールできない要素が入ってくるのが楽しい」と、作品作りの魅力を話す。

いま死んでも…海外の経験から至った境地

金澤さんが陶芸の道を志したのは、6年前のことだ。

前職はワインのソムリエ
前職はワインのソムリエ

以前の職業は「ソムリエ」だった。東京の飲食店で働き、海外でも経験を積んでみたいとシンガポールに渡った時のこと。現地で生活し、5年間レストランでサービスを提供する中で芽生えた思いがあった。

海外で接客業を経験し「何か残したい」と考えるように
海外で接客業を経験し「何か残したい」と考えるように

「いま死んでも、結婚してるわけではないし子どももいないし、接客の仕事は、やがて忘れられる。そこから何か残したいと思うようになった」。

帰国後、専門学校で陶芸を学ぶ
帰国後、専門学校で陶芸を学ぶ

仕事柄、食と向き合ってきた金澤さんが選んだのは「器」を作ることだった。経験は全くなかったが陶芸家になることを心に決め、帰国。専門学校で半年間学んだ。

「もっと経験を積みたい」…移住を決意

地元の東京で制作を開始すると、一つ一つ表情が異なる金澤さんの作品は少しずつファンを増やしていった。

セレクトショップに置かれる作品も
セレクトショップに置かれる作品も

恵比寿のセレクトショップで取り扱われるなど人気商品を作り上げるまでになり、金澤さんの陶芸家への思いはさらに高まっていく。

「もっと経験を積みたい」移住先は波佐見町
「もっと経験を積みたい」移住先は波佐見町

「陶芸家としてもっと本格的に経験を積みたい」。金澤さんは焼き物の産地・東彼波佐見町への移住を決意した。

波佐見町は、江戸時代から日用食器の産地として400年以上の歴史を持つ焼き物の町だ。

生産量が減り、廃業に追い込まれる工房もある
生産量が減り、廃業に追い込まれる工房もある

しかし、1990年をピークに生産量は減り続け、事業所の数も今では当時の3割程度となった。町内には廃業後に使われなくなった工場や工房が点在している。

町の「移住支援事業」を活用した
町の「移住支援事業」を活用した

それでもこの地で陶芸家としての道を進みたい。金澤さんの思いを後押ししたのは、町が行う「移住支援事業」だった。

工房を貸し出し、新たな陶芸家を生み出す仕組み

波佐見町が2015年に始めた「空き工房バンク」。使われなくなった工場や工房を活用する事業だ。

貸したい、借りたいをつなげる「空き工房バンク」
貸したい、借りたいをつなげる「空き工房バンク」

町の人口が減る中で移住者を増やしたい狙いがあり、工房の紹介だけでなく改修や引っ越しの費用を補助するなど手厚くサポートしてくれる。

窯や道具が残された工房を借りて初期費用を抑えることも
窯や道具が残された工房を借りて初期費用を抑えることも

若手の陶芸家が高額の窯を購入して新たに工房を立ち上げるとなると費用がかさみ、かなりハードルが高い。窯や道具類が残されているのは絶好のチャンスだ。これまでに47軒が登録されていて、現在17軒が活用されている。

「イクツアルポーク」福田奈都美さん
「イクツアルポーク」福田奈都美さん

空き工房バンクの委託事業者「イクツアルポーク」の福田奈都美さんは「使われないままになった工房跡に若手の作家、起業する人たちが店・カフェにしたいと入ってくれると町が面白くなって観光の幅も広がるのでは」と、町の活性化にも期待を寄せる。

10年ぶりに窯に灯った命の炎

金澤さんが波佐見町への移住を決めたのも、空き工房バンクに窯や道具類が残された工房があったからだった。

金澤さんが借りている工房
金澤さんが借りている工房

金澤さんが借りたのは、10年間使われていなかった工房だ。

陶芸家 松尾道代さん
陶芸家 松尾道代さん

工房を以前使っていたのは、陶芸家の松尾道代さん。10年前に大腸がんで亡くなり、それ以来工房は当時の状態のまま、素焼きの作品もそのまま残されていた。

10年ぶりに火入れされた窯
10年ぶりに火入れされた窯

金澤さんが引っ越してから約半年後の2026年2月19日、波佐見町で手がけた作品を初めて窯出しした。窯に火が入ったのは10年ぶりだ。「よくできている。よかったね」。そう声をかけるのは、松尾さんの夫、正道さんだ。

火入れの日と命日が偶然同じ日に
火入れの日と命日が偶然同じ日に

火入れをした2月19日は、道代さんの10回目の命日だった。この偶然に、正道さんは「家内が火を入れている、生き返った感じ」と、顔をほころばせた。

最初は工房を貸すことに抵抗もあったという。しかし道代さんの死から10年が経ち、金澤さんが空き工房を探していることを知り貸し出しを決めた。「金澤さんが来てくれて、後を継いでくれてよかった」と思いを語った。

道代さんの作品に命が吹き込まれた
道代さんの作品に命が吹き込まれた

道代さんが遺した素焼きの作品も、金澤さんの手で色が付けられ命が吹き込まれた。金澤さんは、「窯や道具は今でもすぐに使えるぐらい大切に使われていた。作品を見るとすごく楽しく作陶されていたんだろうな」と語る。

厳しい現実と向き合いながらも歩む道

波佐見町で陶芸家としてのスタートを切ったばかりの金澤さん。作り手に直接話を聞きたいと、波佐見焼の窯元を訪ねた。

治甫窯の立井清人さんに話を聞く
治甫窯の立井清人さんに話を聞く

訪ねたのは、数々の受賞作品を生み出し「現代の名工」に選ばれている治甫窯(じすけがま)の陶芸家・立井清人さんだ。立井さんから、作家であり続けることの厳しさを教わった。

立井さん「お客さんを大切に」
立井さん「お客さんを大切に」

立井さんは、「今は本当に厳しい。私も農業しながら、陶芸教室しながら、一般食器を作りながら作家活動をしている。金澤さんはまだ若いからこれからファンもだんだん増え、作品に惚れるお客さんは必ずいる。そういうお客さんを大切にしていってほしい」と、金澤さんに教えを説いた。

金澤さんもアルバイトをしながら創作活動をしている
金澤さんもアルバイトをしながら創作活動をしている

金澤さんも作家として作品を作り続けるために、町内の温泉施設でアルバイトをしながら創作活動をしている。作家の作品が売れない時代にあって作家としてあり続けるために、生活の糧が別で必要だという現実を肌で感じている。

「新しい波佐見焼のカタチを出していきたい」
「新しい波佐見焼のカタチを出していきたい」

そんな中でも「厳しい現実ではあるけど自分なりの売り方だったり、海外にも出していきたいという思いもあるので楽しみでもある。新しい波佐見焼のカタチを出していきたい」と将来のビジョンを思い描いている。

金澤さんの陶芸の道は始まったばかりだ
金澤さんの陶芸の道は始まったばかりだ

金澤さんの作品は4月5日に町内で開催されるマルシェで販売されるほか、インターネットでも購入することができる。亡き陶芸家が遺した工房で独自のスタイルで作品作りに挑む金澤さん。長く続く陶芸の道の入口にまだ立ったばかりだ。

(テレビ長崎)

テレビ長崎
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